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第ニ話
「光安 様——!光安様——! 」
強風が止んだ一瞬、光安の背後、遥か遠く離れた場所からなじみのある声が聞こえた。
「光安様——! 」
光安が振り返ると、結界の中から弟弟子が飛び跳ねながら大手を振っているのが見えた。
光安は軽く頷くと剣を鞘にしまった。
回廊には目もくれず、断崖からわずかにせり出ている岩壁を足場に次から次へと飛び越えていく。
この天の離宮には数多くの神、あるいは神に準ずる者たちが住み、仙術の修練に励んでいた。
なかでもこの光安は誰よりも優れた能力の持ち主で、周囲の期待を一心に集める存在であった。
「光安様」
弟弟子は恭しく一礼した。
「どうした、由良 ? 」
先ほどまで修練上を揺るがすほどの力を発揮していたにもかかわらず、光安と呼ばれた若者は、息一つ乱れず、まるで散策から戻ってきたかのような軽やかな足取りで結界の中へと戻ってきた。
弟弟子はその悠然とかまえる光安の姿に尊敬と憧憬の念を抱いた。
「光安様、大主 様より、至急主殿に戻られよとの命にございます」
「主殿に? 」
光安は若者らしからぬ落ち着いた声で答えた。
「はい、今すぐにと……」
「そうか。すぐ行く」
「そうおっしゃると思って、こちらの羽織をお持ちしました——」
弟弟子は白銀の羽織を手にしていた。
主殿の主人に会うとなると、軽装では礼を欠く。
光安がすぐ主殿に行けるようにと、光安の羽織を持ってきていたのだ。
「光安様、これを——」
弟弟子が羽織を広げた時だ。
白銀の炎が光安の全身を包まれたかと思うと、ものの一瞬でパーンと弾けた。
「光安様! 」
弟弟子の眼前、白銀の残火が粉雪のように舞い落ちる時、そこに光安の姿はなかった。
「もう、光安様ってば、主殿に行く時は正装で行くって決まりなのに……」
由良と呼ばれた若者は、天を見上げて言った。
「ま、いいか、光安様なら叱られることもないだろう」
由良の視界には天覧てんらんの空が広がっていた。
——————
天界——。
光安は主殿前の大門に姿を現した。
大門は軋んだ音をたてながら、ゆっくりと開いた。
光安は門をくぐると、天界の中枢である主殿へと向かった。
「光安様、おかえりなさいませ 」
「小主、お帰りなさいませ 」
天界に住む白神様と呼ばれる神々が、主殿へと向かう光安に声をかけていく。
光安は時に黙礼しながら、時に足を止め挨拶を交わすと、早々に主殿の中に入っていった。
入り組んだ回廊を通りすぎ、ようやく重厚な扉の前にたどり着く。
ここでもやはり、扉が自然に開いた。
ここは主殿、大広間。
白神様 と呼ばれる者たちが一堂に会し、議論を行う主殿の中枢である。
光安は今日も一同が集うものだと思っていたのだが、予想に反して光安の視線の先には大主とその傍に控える女が光安を待ち受けているだけであった。
光安は大広間に漂う張り詰めた緊張感を感じたが、お首にも出さず、その場で深々と一礼する。
「大主様、光安が参りました」
「うむ、こちらへ」
静かな主殿の奥から思慮深い声が光安の耳に届いた。
「大主様、光安がご挨拶申し上げます」
光安は大主の前に来ると、再度深々と一礼した。
「久しいな、光安。修行の方はどうだ? 」
「はい。蘭宣 先生や諸先輩方のご教授いただきながら、精進の毎日にございます」
「ふむ、蘭宣からお前の仙術の腕前はその諸先輩方とやらを抜いて久しいと聞いておる。今のお前なら一人でも十分に務めを果たせるとだろうと」
「いえ、まだまだにございます。上を目指せば父上——いえ、大主様や蘭宣先生がおります。諸先輩方からも学ぶことが多く、私の仙術など所詮、子供騙しにございます」
光安の父である大主は小さく微笑んだ。
「まぁ、確かに、そう簡単に抜かれたとあっては、私も蘭宣も立つ背がないからな。お前はいずれ私の後を継いで大主となる身だ。期待しておる」
「はい、精進いたします。ところで——」
光安は父である大主を見据えて言った。
「火急とのことで参りましたが、私をお呼びになったのは、このような話のためですか? 」
大主はわずかに口角を上げると、揶揄うように言った。
「このようなとは、随分な言い草だな。父が我が子の成長を気にかけるのは当たり前であろう? それともお前は私と話をするのは嫌か? 」
「いえ、そのようなことは……」
光安は頬を染めた。
光安は幼い頃から他愛のない話というものが苦手であった。
大主の後継者という立場上、如才なく立ち振る舞っているつもりだったが、どうやら大主には見透かされていたようだ。
「お前は昔からこのような話が苦手であったな。普段から余計なことは言わない、無駄話もしない。人界でいう世間話にはまったく関心がないようだ」
「申し訳ございません」
光安は恐縮な面持ちで俯いていたが、今に始まったことではないため、大主もさして気にしてはいない。
「まぁ、いい。本題に入るとしようか」
光安は静かに頷いた。
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