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第九話

「これは——銀霜破弓(ぎんそうはきゅう)——」 「いかにも」  蘭宣(らんせん)の顔に先ほどまでのおおらかさは消え、仙術の師匠らしく厳かに言った。 「では光安(こうあん)、おさらいだ。お前さんも知っての通り、魔物を真に倒すにはいくつかの術がある。説明しなさい」  光安は銀霜破弓を卓の上に置くと、襟を正した。 「この世に未練を残した者たちは、鬼となってこの世を彷徨います。基本的には無害に等しいですが、その鬼火たちがなんらかの理由で一つの集団になり、それが最終的には魔物となることがあります。 定石として、我らが発する閃光や波動、剣や弓などの獲物を使用して鬼火や魔物を滅します。魔物の脅威によってその対処方法はさまざまですが、己の力量が勝れば魔物を滅するということは決して難しいことではありません」 「うむ、しかし、魔物に取り憑かれた人間が相手の場合は話が異なる。うまく誘い出して人間の体から離れた瞬間に祓うことができれば問題はない。 しかし、完全に人間の体に取り憑いた魔物はそううまくはいかない。何より危険なのは、そういった魔物が自分よりも弱い魔物をどんどん吸収し、いずれ黒神様と呼ばれる魔物になっていく可能性があるということだ。そうなった時、我々は二つの決断を迫られることになる。 一つは人間もろとも——大抵の場合、この人間もまた極悪非道で救済する必要もない場合だが——魔物もろとも滅することになる。しかし、もし取り憑かれた人間に救済の余地がある場合、人間を救済し、魔物だけを滅する唯一の術として、この銀霜破弓ぎんそうはきゅうという弓矢があるのだ」 この白銀の弓矢は長い年月をかけて蘭宣が作り出したもので、魔物が人間に取り憑いた時、その邪念が心の臓の奥深くにある心魂しんこんという部分に潜むとされる。 その心魂にこの矢を射ると、魔物だけが滅するというのだ。 「白神(しらかみ)の祝福と黒神の呪いを受けた者が、すでに手の施しようもないほどの脅威とあらば、この弓矢を使う必要はない、ただ全力で祓うのみだ。 しかし、救済の余地があるならば——この弓矢は、その者を救う唯一無二の手段となろう。まさに——、今回のお前さんの使命にふさわしい獲物というわけだ」 「師匠……」 卓の上で、白銀に輝く弓矢を見つめた。 光安は大主の前で魔を祓うと誓った。 その誓いは変わらない。 しかし—— 「師匠。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか? 」 「何か気になることでも? 」 「その、黒神の呪いを受けた者に祝福を授けたのは誰ですか? 」 「……気になるのか? 」 「いえ、今まで特に気にしたことはなかったんです。ただ、もしその神が高位の者であれば、運良く黒神の呪いを封じ込めているかもしれないと思って……。もちろん、その反対もあるとは思いますが……」 「伊安(いあん)……」 「えっ? 師匠、今なんと……」 蘭宣は予想だにしない名を口にした。 光安は思わず目を見張った。 しかし驚いたのはそれだけではない。 その名を呼んだ時の、蘭宣の熱を帯びた声にある種の衝撃を受けたのだ。 「お前さんの母親だ……」 蘭宣はその目はどこか虚ろで心ここにあらず、光安を見つめているが、その実、光安を通して他の誰かを見つめているようであった。 光安は何故だか今までに感じたことのない居心地の悪さを感じた。 「どうした、光安? 」 「いえ……、まさか、母だったとは思ってもいなかったもので……」 光安は平静を装った。 「そうだな、驚くのは無理もない。この話はもういいだろう。光安、話を戻そう。もう一度言うが、矢はその一本のみだ。つまり、その矢で魔物を祓う機会は一度のみ。決して、その機を逃すでないぞ」 目の前に座す蘭宣は飄々として、いつもの蘭宣にしか見えない。 光安は衝撃のあまり、感傷的になったのは蘭宣ではなく、自分だったのかもしれないと思い直した。 光安は銀霜破弓を両手で恭しく掲げると、深々と頭を下げた。 光安を見送った蘭宣は卓の上の茶腕に手を伸ばした。 「お前はまだ知らんのだ。この世には……、いや、この世とは限らんが……、魔に魅せられ、闇に堕ちていった者のなんと多いことか……」 その翌日の早朝、雲に包まれた竜仙山がほんの束の間、天に向かってそびえ立つ、雄々しくも荘厳な姿を見せた。  

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