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第十三話

「それでは、私どもは失礼いたします。何かご入用の際は、ご遠慮なくお申し付けくださいませ」 亭主は名残惜しくも恭しく挨拶すると、下女とともに部屋をあとにした。 亭主たちが部屋を出ると、少年は部屋の戸を少しだけ開け、亭主たちが去っていく様子を窺った。 少年は足音が完全に消えるのを確認してから、部屋の戸を閉めた。 それから、少年は卓の上に置いてある酒を適当に選ぶと、酒と杯を盆にのせ、客間の隣にある寝所へと入った。 そこには女がちょうど赤い衣を脱ぎ捨て、白地の単衣姿で鏡台の前に腰掛けるところだった。 女は椅子の縁に片膝立てると、手早く化粧を落とし始めた。 衣の隙間からは、細い足首とそこから上に向かってすらりと、引き締まった伸びたふくらはぎが見えた。 少年はその女の背中越しに声をかけた。 「お酒を持ってきたよ」 少年は鏡台の上に酒と杯を置くと、杯に酒を注ぎ始めた。 とくとくと心地よい音が静かに響く。 「どうぞ、聖羅(せいら)——」 「あぁ、ありがとな」 聖羅兄さんと呼ばれた男は杯を手にすると、一気に飲み干した。 男がうまそうに飲む姿を見ているうちに、少年の頬が自然と緩んだ。 「ん? どうした? にやけた顔して? お前も飲みたいのか、至恩(しおん)? 」 聖羅は空になった杯に酒を満たすと、少年に差し出した。 少年はいらないと首を横に振ると、男が脱ぎ捨てた赤い衣を拾い上げ、丁寧に井桁(いけた)にかけた。 「違うよ。さっきまで綺麗な姐さんだったのに、そういうだらしない格好をしてると、それなりに男に見えるんだなって」 「ハハっ、化粧を落とせば、どこをどう見たって男だろうが」 「でも、さっきのあの亭主、すっかり騙されて、鼻の下なんか伸ばしてさ。気持ち悪かったぁ。兄さんも兄さんですよ。面白がって揶揄ってたでしょう? 」 至恩(しおん)は嫌悪感が蘇ってきてのか、激しく首を振った。 その様子を見ていた聖羅はそんなに首を振ってたら、もげ落ちるぞと揶揄ってやりたくなったが、今度は自分を揶揄うのかと怒られるのを見越して肩をすくめるだけに留めた。 「でも、まぁ仕方ないか。いままで化粧した兄さんを男だと気づいた人はいないんだもの。あの亭主が気づかなくて当然だね」 至恩はそう言って、箪笥の引き出しにしまっていた、男の黒衣を取り出し、それを男に手渡した。 「あぁ、俺みたいなのが女に見えるってんだから化粧は怖いねぇ。悪いもん全部隠してさ。女の素顔なんて恐ろしくて見れたもんじゃないよ。おまえも騙されないように気をつけろよ!」 聖羅はそう言って黒衣を受け取ると、袖を通し、無造作に帯を絞めた。 「そういう兄さんこそ、気をつけてくださいよ。なんたって、聖羅兄さんは男前なんだから、外を歩けば女性たちの注目を浴びて……」 「ハハっ、今度はなんだよ、綺麗の次は男前か? そんなに煽てて、おまえ、なんか企んでるのか? 気のせいだよ、気のせい。ほら、向こうにいって、さっさと食ってきな、せっかくの料理が冷めちまう」 確かに聖羅という男は美しかった。 ただ、少年の言う男前というよりは優男と言ったほうが適当な、柔らかな印象があった。 当の本人はそんなことには無頓着で、旅一座の女座長をしているのも、家も身寄りもない流れ者が、己の才覚だけで生きていかねばならないとなった時、その一つの術として選んだまでにすぎない。 「先に兄さんが食べてくださいよ。今日は昼間から散々働いたんだから」 「いいから、先に食えって。子供はたくさん食べて、さっさと寝な。明日は早々にここを離れるんだから」 聖羅はもう一度少年を促した。 そうでもしないと、いつも少年は遠慮して食べないのだ。 「うん、ありがとう、兄さん。実を言うとね、さっきからお腹空いてたんだ」 少年は目を輝かせてそう言うと、客間の戸を開けた。

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