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第十四話
「あっ、宗閑 兄さん! 」
至恩 は悲鳴にも似た叫びをあげた。
まさか客間に人がいるとは思わなかったのだ。
男は卓並べられた料理を片っ端から食べていた。
至恩は男を「兄さん」と言ったが、見た目は壮年の男と言った感じで、これといった特徴のない顔をした男だった。
宋閑と呼ばれた男は悪びれた様子もなく、「よぉ」と片手を軽く上げて挨拶した。
「驚かせないでくださいよ、もう。いつからいたんですか? 全然気づかなかった。いたならいたで、言ってくださいよね!」
「あぁ、すまん、すまん。腹も減ってたし、食いながら待ってようかなと思ってさ。それにしても豪勢だな。こっちはどうかな? 」
宋閑がまだ手のつけられていない料理に箸を伸ばした。「宗閑兄さん、これは聖羅 兄さんのなんだから、これ以上食べたら駄目ですっ! 」
至恩はこれ以上勝手をされては困ると、すんでの所で皿を取り上げ、宗閑の手の届かないところへ置いた。
「なんだよ、堅いこと言うなよ。ったく、おまえさぁ、なんでそんなにくそ真面目なんだ? どうやったらそんなクソ真面目なガキができあがるんだ? あぁ、 堅いね、堅い。カチカチに堅いよ。なぁ、いいか、坊や。カチカチに堅くていいのは、ここだけだよ、ここだけっ! 」
宋閑はへへッと笑うと、股間を指さした。
「なっ! なにを言ってるんですか! 変なこと言わないでくださいよ! 」
至恩の顔はみるみる赤くなった。
この真面目でうぶな少年にとって、宋閑の遠慮のない露骨な表現は、冗談でも聞きたくない類いのものであった。
「誰に育ててもらったかなんて……。俺が物心のつく前のことで、両親が殺されて路頭に迷った時、たまたま通りがかった聖羅兄さんが俺を拾ってくれたんだ。聞かなくても知ってるでしょ! 」
宋閑はククっと笑った。
「あぁ、知ってる、知ってる。だから不思議だなと思ってさ 」
「それじゃあ、まるで聖羅せいら兄さんが不真面目みたいじゃないですか! 」
「違うのかい? 」
宗閑はニヤニヤ言った。
「それは……」
至恩は思わず口をつぐんだ。
宋閑に言い返してやりたい気持ちは山々だったが、なにせ宋閑の言うことも一理あった。
つまりは、聖羅は真面目とは無縁で、そう言った意味で反論の余地がなかったのである。
ただ、至恩は育ての父であり、兄でもある聖羅を盲目的に慕っていた。
なんとしても、聖羅の面目は保ちたいのが本音であった。
至恩は軽く咳払いすると、最もらしく、しかし苦し紛れに言った。
「聖羅兄さんは俺の命の恩人で、素晴らしい人です! 馬鹿にするのはやめてください! 」
「ヘヘッ、そう怒るなって。俺はいたく感心してんだよ。人っ子一人、育てるのは根気がいるだろう? まして、そいつがまっとうな人間になるかなんて誰にも分かりゃしない、博打みたいなもんだ。それを何の縁も所縁もない赤の他人がやってんだから、たいしたもんだよ」
宋閑は卓に並べられた酒壺の一つを手にすると、手酌で杯に酒を注いだ。
「俺は事実を言っただけで、決して馬鹿なんかしちゃいねぇよ。ただ、今の今まで働いてたんだ。そのおこぼれに預かったっていいだろって、そう言いたいだけさ。なぁ、お頭——お頭なら俺の言いたいこと、分かってくれるだろ? 」
宋閑は寝所の方へ視線を向けた。
寝所の戸の前には聖羅が腕を組んで立っており、二人のやりとりを楽しんでいたのか、形のいい目に好奇の色が揺らめいていた。
宋閑は軽く頭を下げると、聖羅に向かって杯を掲げ、旨そうに飲み干した。
「あぁ、お前の仕事っぷりを見てれば分かるよ」
聖羅はふくれっ面した至恩のそばに行くと、髪をくしゃくしゃっと撫でた。
「そうそう、至恩言ってやってくれよ。俺は俺なりに、お頭のこと敬服してるってさ」
宋閑は懐から銭袋を取り出すと、聖羅に手渡した。
聖羅はずしりと重い銭袋に満足したのか、口角を上げて言った。
「それにしても、あの御仁はずいぶんと羽振りがよかったみたいだな」
聖羅はその重さを楽しむかのように銭袋を軽く宙に投げては掴み、また投げては掴むを繰り返した。
聖羅に手にしている銭袋は、昼間、宋閑が大通りで旅の行商人の懐から拝借した銭袋だった。
「宋閑、好きなだけ飲み食いするといい」
そう言うと、聖羅は亭主の相手をしていたときに座っていた長椅子に腰掛け、足を組んで背にもたれた。
女装していない時の普段の聖羅は、いかにも溌剌とした二十歳そこそこの若者であった。
「ほら、至恩、ここに座れ。ぼうっとしてたら全部こいつに食われちまうぞ」
聖羅は軽やかな口調で至恩に言った。
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