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第十五話
三人は心ゆくまで料理を楽しんだ。
宵も更けた頃とあって、腹を満たした至恩 は長椅子に座る聖羅の隣で気持ちよさそうに船を漕いでいる。
酔うということ知らない聖羅 と宗閑 は向かい合って、酒を酌み交わしていた。
「それで? 」
聖羅は前置きもせず尋ねた。
「魔物が出るって話は本当らしいですぜ。町の連中にそれとなく聞いてみたが、最近じゃその話で持ちきりらしい。実際に魔物に遭遇したって言う女にも会ったたしな」
「へぇ」
聖羅はさして驚く様子もなく、煙草盆から煙管を取り出した。
香を混ぜた小粋を指先でつまむと、小豆ほどの大きさに丸め、火皿にふわりと詰め込んでから、火入れに近づけて吸い付ける。
火がつくと、ゆっくりと吸い込み、口の中に広がる香りを味わうと、やはりゆっくりと口から吐き出し、紫煙を薫らせる。
「その女、魔物を見たのに生きているのか? 運がいいな。その女はなんて言ってた? 」
「それが衝撃のあまり、記憶も曖昧だったり、まとまりがなかったりで、話を聞くのも大変だったが、話をまとめると、なんでも、その女と女の妹が夜更けに川沿いを歩いていたら、川から魔物が出てきて襲われた——ということらしい」
「川から魔物? それ、河童じゃないのか? 」
聖羅は明らかにがっかりした顔で天を仰いだ。
「お頭、河童だったら、誰も驚きゃしないよ。その女がいうにはね………」
宋閑が聞いた話はこうだ。
姉妹が夜更けに川沿いを歩いていた。
もともとは幼い頃からかわいがってくれた叔父が危篤となり、駆けつけた帰りのことだった。
若い女二人だけで家路につくのは危険だと、親戚の一人が道中付き添うことになった。
三人が新渓しんけい近くまで来たところで、姉妹はここまで来ればもう大丈夫と、親戚が最後まで送り届けると言ったにもかかわらず、その申し出を断り、二人で川沿いを歩いていたら、その道中に魔物に遭遇したというのだ。
なんでも生き残った姉が言うには、川から魔物が襲いかかってきたというのだ。
宗閑の聞いたところによると、その川には数多くのいわくがあったという。
川の一端に赤い橋が架かっている所があるのだが、そこは心中や身投げ、辻斬りなど陰惨この上ない場所として地元民の間で有名で、夏の時期になると鬼火の彷徨う姿が目撃される場所でもあった。
当然、姉妹もそのことは知っていた。
そして、この橋を渡る時に、あることをすれば、何事もなく無事に通り過ぎることができるということも知っていた。
それはあくまでおまじないといった類いのもので、なんの信憑性もなかったが、地元民はそれを信じて疑わなかった。
姉妹も、類には及ばず、そのおまじないを信じて橋を渡ろうとしていた。
そのおまじないというのはなんてことはない。
橋を渡る間は、誰かに話しかけられても、決して言葉を発してはいけない——というものだった。
とにかく、まっすぐ前だけを向いて、渡りきらなければいけない。
そうやって渡りきれば、魔物に襲われることもないというのだ。
姉妹は互いの手を握り、堅く口を閉ざし橋を渡り始めた。
川のせせらぎと草木が風に揺れる音が聞こえるのみで、怪しい物音はない。
特段変わったこともなく、橋を渡ると、ふたりはほっと一息ついた。
その時だ。
川沿いから、「おかぁさん……どこにいったの? 」と子供の声が聞こえては、消え、また、聞こえては消える。
妹は姉の顔を見た。
姉は首を振って駄目だと伝えたが、妹は救いを求める声を無視することができなかった。
姉は妹の手を引っ張って引き留めたが、妹は橋を渡りきったんだから大丈夫と、姉の制止を振り切り、声のする方へ近づいていった。
その夜は雲一つなく、漆黒の闇に月が煌々と輝いていたという。
妹が行灯を掲げながら、「そこに誰かいるの? 」と声をかけた。
バシャン——!
川の水が弾ける音がした。
妹は音がした方へ視線を向けた。
「ここにいるよー! 」
いきなり川面から女の上半身が浮き上がった。
女の長い黒髪が妹めがけてするすると伸びていき、妹の首に巻き付いた。
「きゃー! 」
妹の絶叫が闇夜を引き裂いた。
女の長く細い髪が束になって妹の首を締め付ける。
「ひぇぇっ! ひぇぇっ! へぇっへぇっー! つーかーまーえーたー!」
女の髪が妹の首を絞めたまま、空へ向かって伸びていく。
妹はすでにこと切れているのか、目は光を失い、口からは舌がだらりと垂れ下がっていた。
「ひゃっ、ひゃっ、さぁ、こどもたち、でておいでぇー、ごーはーんーだーよぉー! 」
女は首を何度か回すと、地を這うような咆哮とともに、女の体を川面に叩きつけた。
「おーたーべー! 」
女のかけ声に、川面から無数の小さな黒い頭が浮かび上がり、一斉に妹の体に飛びかかった。
静寂の夜にかすかな水しぶきとクチャクチャと咀嚼音だけが響き渡る。
「おいしぃー! おいしぃーよぉー、おーかーわーりぃー! 」
「まーだーあーるーよぉー! まってーなぁー! 」
女はすっかり腰を抜かして身動きできないでいる姉に襲いかかろうとした。
「あぁっ、あぁっ……、いやぁ——! 」
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