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夢*

 夢の中で、何かが叫んでいた。  それが欲しいと。  そのあたたかい、温もりが欲しいと。  それに触れたくて、人に触れたくて。  けれど、触れても。その中を開いてみても。  赤いものが流れてゆくだけで……。  全てを喰らってみても、それはまるで手に入らない。  気が狂いそうなほどに、その何かは愛を求めていた。  夢の中、両腕いっぱいに溢れそうなほどの愛を抱えていたリンデルは、その何かに気付かれてしまう。  それが欲しいと手を伸ばされて、リンデルは一瞬躊躇った。  こんなに抱えているのだから分けてあげれば良い。そう思う自分と、これは俺だけがカースに注いでもらったもので、誰にも触らせたくない。と思う自分。  葛藤している間にも、その何かはリンデルへと腕を伸ばす。  身を躱すことも出来ず立ち尽くすリンデルごと、その腕は愛を飲み込んだ。 「……っ!!」  声にならない悲鳴と共に、リンデルは目を覚ました。  途端、全身から冷や汗が噴き出す。 「リンデル? 起きたのか?」  カースの落ち着いた声が聞こえる。  ああ、夢だったのか……。と理解してリンデルはホッとする。 「どうした。怖い夢でも見たのか?」  男が撫で辛そうに、後ろ手でリンデルの髪を撫でる。  青年のそれが目覚めとともに生理的に起立する。 「……ん……っ」  男の小さく漏らした声に、青年は彼が自分のために目覚めてからもそのまま身動きせずにいてくれたのだと理解した。 「カース……、ありがとう……。大丈夫、だよ……」  言って、リンデルは男の背中にしがみつく。  けれど先程感じた底知れない恐怖がまだすぐそばにあるような気がして、身体はひとりでに小さく震え出した。 「リンデル……顔が見たい。抜いてもいいか?」  律儀に尋ねる男に、青年は男の背に顔を押し付けたまま小さく答える。 「…………やだ」  ふう。と呆れるような男のため息が聞こえる。  それでもリンデルは男の背にぴたりとくっ付いたまま、なるべく深く息をして震えを抑えようとしていた。  本当に、心の底から、怖いと思った。  命を失うかも知れない恐怖とはまた違う。  カースの愛を失うなんて。  そんなこと、考えもしなかった。  あの時こちらに手を伸ばしてきた何かは、真っ黒で不気味に蠢いていて、まるで魔物のようだった。  けれど、その姿形はどの動物とも違っていて……。  ――そうだ、あれは人の形を……していたんだ……。  リンデルは、この夢がただの夢ではないことを心で理解する。 「カース……俺のこと、好き?」  寝起きだからか、ほんの少し掠れるようなリンデルの小さな声。 「ああ、もちろん。……分かってるだろう?」  カースの声が、リンデルをいたわるように、慰めるように、優しく囁く。 「……もし、他の誰かがどうしても俺を欲しがって……。俺が、それに応えたいと思ったとしたら……」  カースが静かに息を詰める。  ぎゅっと背にも腹にも力が入ったのが、繋がっていたリンデルには分かった。  酷な質問をしているのは分かっている。  けれど、どうしても今、聞いておきたかった。 「……カースは、許してくれる……?」 「……っ」  男が手で口元を覆ったのが分かった。  今、彼は泣きそうな顔をしているのかも知れない。  こんなのは卑怯だと、リンデルは気付く。  あの時、躊躇ったのは自分なのに。  答えが出せなかったのは自分なのに。  その答えを、彼に出させようとしている。 「っごめん! やっぱり今のは、なかった事に――」  慌てて取り消すリンデルの声に被せて、男が答えた。 「……許すよ」 「え……?」 「許すよ。お前がそうしたいなら、そうすればいい」  男は、凛とした覚悟を乗せてはっきりと言葉を紡いだ。 「まあ、俺はあんま出来た人間じゃねぇからな。ちったぁ妬くかも知れねぇが……」  声に苦笑が混じる。けれどそこに悲痛さはなかった。 「お前が、他にも大事にしたい奴がいるなら、それを俺のために我慢する必要なんかねぇよ」  そして男は笑って言った。 「大体、お前の愛は多過ぎて、俺一人じゃ抱え切れねぇんだよ」  ぽんぽんと宥めるように、リンデルの髪を男が撫でる。  言われて、リンデルは解った。  この男は今までリンデルを自分だけのものにしようとした事なんてなかった。  俺に全てをくれると言ってくれたけれど、俺のことを縛ろうとはしなかった。  いつでも、この人は俺に自由をくれる。  自由に選択する権利を、くれる。  きっとこの男の愛は、相手を尊重する愛なんだろう。  人生のほとんどを様々なものに囚われて生きてきたこの男ならではとも思えるその深い愛に、リンデルの目の端に涙が滲んだ。 「……カースは……俺に甘過ぎるよ……」 「……そうだな」  男は柔らかな声で答える。 「「昔から」ね」  声が重なり、二度目になる会話に二人は苦笑する。  笑った拍子に、男はナカを擦られて小さく息をつめる。 「……っ」  リンデルのそれは、男の愛に触れすっかり強度を取り戻していた。 「……もう一回、してもいい?」 「むぅ……ダメとは言わねぇが……少しは手加減してくれ」  許可をもらって、リンデルは一度それを抜くと、ずっと横向きでこちらに背を向けていた男を仰向けにさせる。  ほんの少し潤んだ森と空の瞳がリンデルを見上げる。  それだけで、リンデルの胸が弾む。 「うーん……手加減かぁ……難しいなぁ……だって、カースが凄いえっちなんだもん」  と、ぶつぶつ呟きながら、青年はもう一度男に自身を挿し入れる。 「っっ、人の、せいにすんな……っ、もう、そんな、若くねぇんだよ……っ」  僅かに喉を反らして、息を吐きながら男が反論する。  ゆっくりと奥まで入れた青年がゆるゆると腰を動かし始める。 「んっ……、く……っ」  見る間に男の頬が染まってゆくのを、リンデルは堪らない気持ちで見つめる。 「こんなに、感じてるのに?」 「も……っ、そういう、の、……っ、ほんと、勘弁してくれよ……っ」  男が恥を耐えるどこか悔しそうな様子に、リンデルは苦笑する。  その照れた姿もまた、どうしようもなく愛しいと言うのに。  そんな風にされればされるほどこちらは昂ってしまうのを、もしかしたら男は分かっていないのかも知れない。  リンデルはチラと窓を見る。カーテン越しの日差しはまだ陰る様子が無いが、昼はとうに過ぎている。 「そういえば、お腹減ったなぁ」 「んっ……先に、……っ、食べるか?」 「終わったら、食べよ?」  にこりと悪戯っぽくリンデルに微笑まれて、カースの頬に冷や汗が伝う。 「っいいか、絶対……っ手加減、しろよっ、飯っ出せねぇだろ……っ」  息を荒げながらも、必死で男が訴える。 「うーん……善処します」  答えながら、青年は大きく腰を振った。 「リンデルっぅ、あぁっっ!」  思わず声を上げてしまった男が、また恥辱に眉を寄せ手の甲で口元を覆う。  鮮やかに色付いてきた肌に、柔らかな黒髪が揺れ落ちてサラリとかかる。  青年が突き上げる度、僅かに漏れる甘い声に合わせて、黒髪が踊っている。  じわりと滲んだ森と空の瞳で念を押すように睨まれて、リンデルは口元を弛ませると小さく囁いて男に口付けた。 「カース……、大好きだよ……」

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