63 / 83

金貨

 北に近いこの村の厳しい雪と氷の季節が過ぎ、村のあちこちが雪解けでぬかるむ頃。  リンデルに忠誠を誓う従者は、小柄な体格に見合わない大きな荷物を抱えて鳥車を降りた。  ロッソがノックをするより早く、リンデルが勢いよくその扉を開ける。 「ロッソ! 久しぶり!!」  不意打ちの、金色に弾ける笑顔に、ロッソはびくりと肩を揺らして固まった。 「ゆ……」  リンデルの後ろから、カースが顔を覗かせる。  ロッソが、みるみる赤く染まってゆく頬を長い前髪で隠すように俯く。 「こら、驚かせてどうする」  リンデルを嗜めつつ、カースはロッソの大荷物に手を伸ばした。 「これ、持ってもいいか?」 「は、はい、ありがとうございます……」  ロッソが俯いたまま答える。  思ったよりもずっと重いその荷を男が片腕でなんとか持ち上げると、リンデルが「俺運ぶよ。多分俺の甲冑だし」と受け取って奥へと引っ込んだ。  ロッソの姿は、カースの記憶よりも肩がさらに細くなったような気がして、男はロッソの肩をそっと撫でた。 「……良く来たな、ロッソ」  名を呼ばれて、ロッソが慌てて顔を上げる。  ロッソはまだ挨拶すらしていない。  主人の大切な方に、こんな礼を欠くような事はあってはならない。  けれど、顔を上げたロッソは、上から優しく見つめる森色の瞳に心を奪われて、次の言葉を失った。 「…………」 「疲れただろう。中に入れ」  カースはわずかに苦笑を浮かべると、こちらをじっと見つめたままのロッソの肩を引いて室内へ招き入れた。  我に返った従者はリンデルとカースにこれまでの不義理を丁重に詫びると、サッと食卓の上へ書類を広げ、主人にこの一年間で起こった出来事を報告し始めた。  カースは二人にお茶を出すと、そのままキッチンで何やら時々考え込みながらも料理の下拵えに取り掛かる。  久々に会ったロッソを、カースが出来る範囲でもてなそうとしている事に、リンデルが気付く。  ふと背中に視線を感じてカースが振り返る。  目が合って、リンデルがニコッと微笑む。  どうやらカースの気持ちが嬉しかったようだ。  しばらくして、この部屋に一つだけの窓のカーテンが閉じられる。  カースが訝しがって振り返ると、ロッソが男を呼んだ。  食卓を見れば、そこへは大量の金貨が積まれている。 「……なんだ。この、量…………」  カースの言葉の終わりは、掠れていた。 「国王より賜りました、支度金です」 「これ、全部が…………?」 「うん。余っても、返さなくていいんだって」  けろりと、むしろ嬉しそうにリンデルが答える。 「これだけあれば、帰ってすぐ孤児院が建てられるね」 「孤児院……?」 「あれ、ロッソには言ってなかったっけ? 俺、魔物のせいで親のいなくなった子ども達集めて、孤児院作りたいんだ」  言われてロッソは暫し考える。  確かに……、ずいぶん昔に、主人の口からそんな話を聞いた事はあった。  ただそれは、魔物が食い散らかした、親だったものの残骸に縋って泣く子を見た後で、その時の……一時の思いだったのだと思っていた。 「あれは……本気……、だったのですか……」 「俺はいつでも本気だよ?」  さらりと返されて、ロッソは確かに。と思う。  主人は冗談を言わないタイプではなかったが、それでも、こんな事を冗談にする人ではなかった。  それにしても……。 「せめて退任前に仰ってくだされば、私にも出来る支度があったのですが……」 「それは……ごめん。ロッソが忙しそうだったから、つい言いそびれちゃったんだ」  リンデルは手を自分の首の後ろへ回すと、申し訳なさそうに苦笑いを見せる。  ロッソはため息をひとつ吐いて、仕方のない主人を許す事にする。  ふと視線を感じてカースを見上げると、男はその二色の瞳に同情の色を浮かべていた。  目が合って、男はロッソへ苦笑を見せる。  まるで「お互い苦労するな」とでも言われたようで、ロッソは「こちらこそ、半年もの間主人の面倒を見ていただき、ありがとうございます」との気持ちを込めて、深々と頭を下げた。  そんなロッソに目を細めて応えたカースが「ああそうだ」と口を開いた。 「お前の分のベッドも、用意してあるからな」 「……え?」  ロッソが目を丸くする。  そこへリンデルが、嬉々として続ける。 「俺とカースで買っておいたんだ。山の雪解けまで、まだしばらくかかるだろう? それまでは三人で……」  リンデルの言葉はそこで一度途切れた。 「いや、違うな。これからはずっと、三人で暮らそう」 「え、わ…………、私……も、一緒に、ですか!?」  ロッソが珍しく、動揺を顕にする。 「ん? だって、ロッソはこの先一生、俺に仕えるんだろう?」  それは確かにそうだ。けれども、ロッソにはこの新婚のような二人の間に割り込むつもりなど、毛頭なかった。  自分は近くに住居を用意し、通いで仕えるつもりだった。 「いえ、その、私は……、お二人の邪魔をしてしまうと申し訳ないですし……」  オロオロと困った様子で遠慮するロッソの頭を、カースが撫でた。 「そんなことは気にしなくていい」  低く、柔らかな男の声。そこへ明るい高めのリンデルの声が続く。 「そうだよ、気にしな……いや、今まで気にしてなかったじゃないか!」 「それは、仕事上、仕方なく……」 「じゃあ本当は、気にしてたんだ?」 「もちろん、です……」  俯いて目元を隠した従者の、隠れていない耳が赤く染まるのが見える。  リンデルはふとカースを見上げる。 「カースも、いいかな?」 「……普通、俺に許可を取るのが先じゃねぇのか? 一応ここは俺の家だぞ」  カースのうんざりするような言葉に、ロッソが慌て顔を上げる。  まさか、主人のこの発言に事前の打ち合わせが全く無かったなんて。  けれど、口調と違ってカースは柔らかく苦笑を浮かべていた。 「けどまあ。お前ならそう言うと思ってたよ」  ポンとカースの大きな手がリンデルの頭を撫でる。  ふふふ。とリンデルが、まるで男の答えをわかっていたかのように満足そうに微笑むのを見て、ロッソはじわりと疎外感を感じ目を逸らす。  そんな仕草に、気付かないのがリンデルなら、気付くのがカースだった。 「悪いな。俺みたいなのが一緒じゃ、お前の気が休まらねぇかも知れんが……、まあ、ロッソが嫌じゃなければ、俺には遠慮しないでいい」  言って、カースは宥めるようにロッソの髪を撫でる。 「そ、そんなことは……」 「ほら、カースもいいって言ってるから、ロッソも一緒に三人で暮らそう」  リンデルが、ニコッと人懐こい笑顔を見せる。  半年前に染めた髪はもう伸びて、後ろで一つに括られている。  リンデルの顔まわりはまた柔らかな金色に包まれていた。 「お……、お二人が……良いのでしたら……」  ロッソはなんとかそれだけ伝えると、また俯く。 「お気持ち、有り難く……頂戴します……」  か細くなる声で、それでもなんとか感謝を告げるロッソの頭を、リンデルが嬉しそうにぐりぐりと撫でる。 「よし、決まりだね。じゃあ、戻ったらこのお金で孤児院付きの家を建てよう!」  ウキウキと言いながら、リンデルが金貨の山を袋へ戻す。  カースは、リンデルが金貨をしまい終えるのを見届けると、カーテンを開いた。

ともだちにシェアしよう!