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出立
その日は、遥か遠くの山まで見晴らせる清々しい快晴だった。
「うん、出立には最高の天気だね」
鳥に跨ったリンデルは、朝日に腕を翳すと目を細めて言う。
「忘れ物はないか?」
同じく鳥に乗ったカースの言葉に、金色の青年が苦笑する。
「カース、お母さんみたいだよ」
「お前、母親のことそんな覚えてんのか?」
「世間一般の話」
最後に家から出てきたロッソが扉に鍵をかけながら問う。
「主人様、お忘れ物はございませんか?」
その言葉にリンデルはげんなりし、カースは顔を背けて笑いを堪える。
「こちら、食卓に残っておりましたが?」
ロッソに包みを差し出され、リンデルがぎくりと顔を引き攣らせる。
「あ、ありがとう……」
後ろでカースが小さく吹き出すのを聞きながら、リンデルは包みをしょんぼり受け取った。
村を経って二日も過ぎれば、道中で人に会うこともなくなった。
なるべく鳥に乗って進める道を選んではきたが、それでも切り立った山々を前にして、五日目には鳥を降りねばならなくなった。
「こんな感じでいいかなぁ」
リンデルが、鳥を繋いだ綱へナイフで切れ目を入れている。
自分達が戻らなかった時に、暴れれば綱が切れるよう細工をしているようだ。
それを覗き込んだロッソが僅かに眉を寄せる。
「私達が帰還する前に逃げられては困ります」
ロッソが綱を結び直しているところを見るに、どうやらリンデルは綱を脆くし過ぎたらしい。
「野生に混じって生き残れるかなぁ……」
心配そうなリンデルの声に、カースがその頭を優しく小突く。
「そっちを心配すんじゃねぇだろ。帰って来ればいいだけだ」
「ん、そっか。そうだね」
リンデルは振り返ると、ふわりと笑って男に口付ける。
カースの細工した綱を確認して振り返ったロッソが慌てて目を逸らすのを見て、カースは心の中で従者へそっと詫びた。
カースには意外なことがひとつあった。
リンデルにあんな質問をされて、カースは悲壮なまでの覚悟をしていた。
リンデルが、ロッソと夜をともにしても、何も言うまいと。
けれど、リンデルは相変わらず毎晩を男と過ごしたし、ロッソのリンデルを見る目は変わっていなかったものの、二人の間にそんな空気は感じられなかった。
ならば、あれはどういう意味だったのか。
それとも、俺が死んだ場合の話だったのだろうか。
疑問は胸に残っていたが、尋ねるきっかけもないまま今日に至る。
「ほら行くぞ。日が暮れるまでに野宿するところを見つけねぇとだろ?」
カースは、視界の端で行先を確認しているロッソに応えるように、リンデルを引き剥がした。
***
「主人様! 後ろです!!」
「任せた!」
ロッソが腕を振る。
投げナイフがリンデルの背後の魔物に突き立つ。
リンデルは振り返らずに、ロッソの斜め後ろから飛びかかる魔物へと裂帛の気合と共に剣を振り下ろした。
ギャウッと潰れるような悲鳴をあげて、四つ足の魔物が地に伏す。
まるで流線を描くように、二人は最低限の動きで流れるように五体の魔物を倒していた。
見事な連携に男は感嘆する。
カースは足元の魔物が完全に沈黙したことを確認すると、魔物の口を縫い止めるように地に突き立てていたダガーを引き抜いた。
「流石、元勇者様にその従者様だな」
カースの言葉にリンデルは破顔し、ロッソは謙遜する。
男に出来たことといえば、ロッソの投げたナイフの毒が回るまでのほんの少しの間、魔物を一体押さえていた程度の事だった。
それでも、ロッソはカースが予想以上に動けることを歓迎してくれたが、リンデルは「心配だから下がっていて」と無茶を言った。
鬱蒼と茂った森の中、視界は悪く、囲まれてしまえば下がりようもない。
男は二人の荷物にならずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろしながら、山道を進んだ。
ここまでも魔物に会うことは度々あったが、この森に足を踏み入れてからは出現頻度が格段に高まった。
何とか日が暮れる前に開けた場所を見つけることができた三人は、そこを野営地とした。
「お前達は先に少しでも休め」とカースに言われ、まだ日は暮れたばかりだったが二人は横になっていた。
魔物は、野生動物ほど火を怖がってはくれない。
それでもこの山の中、何が出てくるかもわからない場所で火を焚かずに過ごす選択肢は無く、カースはその番をしていた。
火を挟んで反対側に、ロッソが背を向けて横になっている。
リンデルは、はじめ男に膝枕をねだっていたが「いざって時に足が痺れてちゃ洒落んならん」と却下され、ロッソにまで「主人様、あまり我儘を仰らないでください」と嗜められ、しょんぼりと男の隣で横になっていた。
リンデルが寝付くまで、カースは宥めるようにその髪や頬を撫でていたが、すぅすぅと静かな寝息を立て始めたのを見て、そっと手を下ろした。
火はまだしばらく、このままでいいだろう。
男は木に背を預けると、目を閉じる。
眠らないよう気は張りながらも、体の力を抜いてゆく。
こうやって体を休めるだけでも多少は疲労を回復できる。
これも、盗賊時代にあいつから教わったことだった。
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