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黒
「オレは……、強い兵士を生み出すための国の研究で、王様が国中から集めた実験台のうちの一人だった……」
当時、隣国同士の戦争は終わる事を知らなかった。
兵隊は足りなくなって、農村からも小さな村からも徴集されるなかで、戦災孤児はそこら中にあふれていた。
国に被検体を差し出せば、差し出した者には幾らかの報奨金がもらえた。
集められた子どもたちのほとんどは戦争で家族を亡くした孤児達だったが、中にはオレのように、金目当てで親に売られた子も混ざっていた。
実験用に集められた子は広くて何もない部屋にぎゅうぎゅうと押し込まれた。
最初はあんなにたくさんいたのに、一人、また一人と部屋の子ども達が減っていく。
自分の親や兄弟がどんなふうに自分を庇って死んだのか。
部屋に残された子ども達は、そんな話を語り合っては自身を慰め合っていた。
目の前の恐怖から逃げることも出来ず、ただ死を待つような日々。
自分がいかに親に愛されていたのか、思い出したかったのだろう。
だけどオレにはそんな経験もない。
オレの父さんは、せめてここまで育ててやった恩に報いろと言って、オレの手を引いてここに連れてきた。
だから、そいつらの話も、オレにはただの自慢話にしか聞こえなかった。
愛されていた話を耳にする度、オレだけが愛されていないのだと言われているようだった。
「実験に呼ばれたときには、正直ホッとしたよ。これで、こんな人生も終わりにできるんだって、そう思った……」
語る毎に、少しずつ人の形を失ってゆく少年の輪郭を、リンデルはなんとか留めたくてその縁をなぞる様に撫でていた。
しかしそれ以上にどろりとした闇が滲み出し、リンデルはぎゅっと少年を抱き締める。
ハッと少年が顔を上げる。
金色の髪を闇に染めながらも、金色の瞳はあたたかく少年を見つめていた。
リンデルは、淡い緑の瞳に自分の顔が映っているのを見て、安心したように微笑んだ。
「……っ」
と、その微笑みが一瞬崩れる。
ケルトの脳裏に、ずっと昔の友達の顔が鮮烈に浮かんだ。
自分の闇に触れ、痛いと、怖いと泣いて離れていった仲間達。
思わずケルトは青年の胸をぐいと押した。
自分から、少しでも遠ざけるように。
止められない。悲しみが胸から溢れてしまう。どろどろの闇になって。
この優しい青年を灼いてしまう。
しかしリンデルはそれを拒んだ。
「大丈夫だよ。落ち着いて……」
ぎゅっと青年のあたたかい胸に寄せられ、耳元で囁かれる。
けれど心をえぐる思い出に、悲しみを押さえきれず、少年が悲痛な声で叫ぶ。
「出来ないっ! オレから離れ――」
首を振る少年の顔を、リンデルが両手でしっかり掴む。
そのまま、少年は唇を塞がれた。
「!!??」
少年の瞳が驚きに見開かれる。
少し離れた場所で、ロッソが魔物を地に沈めた音がする。
指示がなくとも、やるべきことを理解し実行してくれる従者を、リンデルは誇らしく思う。
俺は俺のやるべきことを、全力でやろう。
決意も新たに、リンデルは未だかつてないほどに艶やかに微笑んで、そっと唇を離した。
「おっ、おま、え……っっっ」
ふるふると、小さく震える指でこちらを指す少年。
その顔は真っ赤だったが、闇はどこにも残っていなかった。
「急にごめんね。……嫌だった?」
「い……いや、とか、そんなんじゃなくて、だな、お前っ!」
「うん?」
真っ赤なまま、プルプルと震えつつ必死に訴えるケルトに、リンデルは笑顔のまま首を傾げる。
「こーゆーのはっ、恋人同士で、やる事、だろ!?」
至極真っ当な意見をもらって、リンデルはしゅんとする。
「そうだよね。ごめん。他に方法が思いつかなくて……」
素直に謝られて、少年が言葉に詰まる。
「……っ」
「嫌な気持ちにさせちゃったね。ごめんね……」
少年よりもずっと大きい図体をしておきながら、言われるままにしょんぼりと反省している青年の姿に、少年が罪悪感を覚える。
「べ……、べつに、嫌とか、言ってるわけじゃ、ねぇけど……」
「ケルト、許してくれるの?」
ほわっと青年が期待に満ちた目で少年を見る。
「え、ええと……今度からは、急に、するなよ」
ケルトは金色の瞳が眩し過ぎて、目を逸らしながら答えた。
「うん、約束する。ありがとうっ」
ぱあっと咲くリンデルの花のような笑顔。
それを思わずちらりと見てしまったケルトが心を射抜かれる音が、ロッソとカースには聞こえた気がした。
「お、お前……、この……」
「リンデルでいいよ」
言われて、少年は必死で伏せた目をチラと上げる。
ニコッと微笑まれて、慌てて視線を逸らしながら、ケルトは続けた。
「リンデルは……、この黒いやつに触ったら、痛い、だろ?」
その言葉に反応したのは黒髪の二人だった。
ざわり。と二人の気配が背後で膨らむのを、リンデルは背で宥めつつ答える。
「うん、少しね。でもほら。どこも怪我してないよ?」
リンデルが、何度も闇を撫でた手を広げて少年に見せる。
ケルトは目の前に差し出された自分の顔よりも大きな手を両手で握ると、表面を撫でたり、ひっくり返したりして確かめた。
「そうか……怪我は、しないのか……」
少年のホッとした様子に、背後の二人のホッとした気配が重なり、リンデルは苦笑を堪えた。
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