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朝日

 誰かの視線を感じて、リンデルは目を開く。  天井のないこの場所では、目を開けばそこは空だった。  空はまだ薄暗くはあったが、夜明けを待つ色をしていた。  視線の主を確かめるように振り返る。  そこには、布の隙間から不安そうに覗き込むケルトの姿があった。 「ケルト……? どうしたの……?」  目を擦りながら、まだ寝ぼけたような声でリンデルが尋ねると、ケルトはびくりと肩を揺らした。 「おっ、お前らが起きてこねぇから、様子を見に来ただけだ……」  さっと視線を逸らして、ケルトが呟く。  その声には、ホッとしたような響きがあった。 「そっか、心配してくれたんだね。ありがとう」  リンデルが微笑むと、ケルトは「……別に」と残して去ってゆく。  けれどその頬は、ほんの少し染まっていたように思えた。  リンデルは、ケルトを追うべきか迷ったが、隣で眠るカースがこの会話で目を覚まさなかった事が気になった。  カースはまだ苦しげに眉を顰めたまま眠っていた。  その胸へと、手を伸ばす。  バチっと鋭い痛みが走って、リンデルはカースがまだそれを沢山背負っている事を知った。  二度、三度と、昨夜彼がそうしてくれたように、撫でては振り払う。 「私がいたします。主人様はケルトさんを……」  先程の会話で目を覚ましたロッソが手を伸ばし、交代を申し出た。 「ありがとう、頼むよ」  その申し出を有り難く受け入れたリンデルが、半分ほど腰を浮かせて、ピタ。と動きを止める。 「ん……? ロッソ、カースのこと好きなの?」 「主人様の大切な方ですから。私も丁重な対応を心がけております」  差し障りなく返されて、リンデルがなんとも言えない顔をする。 「ええと……。頼めそう?」 「はい。お任せください」  にこりと返されて、リンデルはどこか腑に落ちない気分で簡易テントを後にした。  ロッソの事だ、出来ない事を出来るとは言わないだろう。  けれど、出来ると言い切るということはつまり、ロッソはカースに愛を注げる自信があるってことだ。 「…………」  あの冬祭りの日、カースとロッソが二人だけで過ごしたはずの夜が胸を掠める。  あれから、あの二人の距離が近付いたとは思っていた。  カースがロッソのことを名前で呼ぶようになった事にも、リンデルは気付いていた。  リンデルはモヤモヤとしたものを胸に感じつつも、カースの無事を祈り、気持ちを切り替えようと頭を振った。  ここは戦地だ。  ひとつ判断を誤れば命を落とす。  それは当然、自分の命だけでは済まされない。  昨日やむを得ず放ってしまった沢山の魔物達は、いずれ山を降りて人を襲うだろう。  それと戦うのは、後を託した勇者や仲間達のはずだ。  俺達は、大勢の人々の未来を背負ってここへ来ている。  それだけは決して忘れてはいけなかった。  リンデルは金色の瞳に覚悟を宿すと、それでも表情は緩やかに、ケルトの姿を探した。  ケルトは洞穴の中にいた。 「わぁ、結構広いね」  覗き込んだ洞穴は、入り口から想像するよりもずっと奥まで続いているようだった。  リンデルの声に、ケルトがびくりと肩を揺らす。 「なっ、なんだお前……」 「あ、そうだよね。ノックもしないで私室を覗くようなものか……。ごめん」  謝罪して、リンデルが洞穴から視線を外す。 「別に……、扉もねぇから……いーけどよ……」  許可をもらって、リンデルが振り返る。  明るくなってきた空から、一筋の光が差し込む。  昇ってきた朝陽に照らされて、洞穴の奥に沢山のものが浮かび上がった。  自然に拾ったらしい木の板で作られた簡素な棚に、大きさを揃えたり、色を揃えたりと、様々なものが飾られている。  色々な形をした岩や、綺麗な色の石。木片のようなものも並べられていた。 「わぁ……」  リンデルの漏らした声に、ケルトが少しだけ自慢げな顔をする。  それを見て、リンデルはこのコレクションを褒めても良さそうだと判断する。 「すごいね、こんなに沢山。……とっても綺麗だ」  どうだ、すごいだろう。という顔でふんぞり返りながらも、少年は「まあな」とだけ、そっけなく返した。  リンデルは僅かに苦笑を浮かべながらも、そっと心を痛めていた。  この子は道具も持たなければ、力も持たず、知恵や技術もないままにこの山に逃げ込んだ。  だから、棚の作り方も分からなかった。  食事の作り方も知らなかったし、何が食べられるもので何が食べられないものなのかも、分からなかったのだろう。 「……入ってこいよ、近くで見たっていいんだぜ。あ、でも触るんじゃねぇぞ」  誘われて、リンデルは「ありがとう」と洞穴へ足を踏み入れる。  そこは冷え冷えとして冷え切っていた。 「ケルトは山に来てから、この洞穴でずっと暮らしてたの?」 「ん? ……そうだな、最初はあちこちウロウロしてたが、ここに着いてからはずっとここにいる」 「そっか。ここなら雨も風も大丈夫だね」  微笑みながら言うも、リンデルには、火を焚く様子もないこの少年が降り積もる雪の季節を越えられるとは到底思えなかった。  彼はいったい、どこから人でなくなってしまったのだろうか。  そして、どうして今も、その姿でいるのだろうか。  確かに、少年には体温がなかった。  それでも、美味しいと夕飯を食べていた姿も、髪を撫でた感触も、こぼした涙も、人らしいものだった。  ふと気づいて、リンデルはケルトの顔を横目でもう一度確認する。  昨夜あれだけ泣いていたのに、彼の目に腫れぼったさは全く残っていなかった。  背筋を寒気が通り抜けるのを、奥歯を噛み締めて堪える。  臆するな!!  相手が何であっても関係無い。  自分はこの存在を、助けに来たんだ!!!  リンデルは、決意を強く心に刻む。 「……リンデル?」  少年に問われて、石を眺めたままの姿勢だったリンデルは、振り返り答えた。 「ん? ああ、ごめん。あまり綺麗で、見惚れてたよ」 「……っ」  ケルトが一瞬言葉に詰まる。 「い、いつでも……、見にきて、いいぞ。……っお前だけは、特別に、許してやる」  こちらに背を向けてそう告げる少年の耳が、ほんのり赤くなっているのを、昇りきった朝日が明るく照らしている。 「……ありがとう……」  リンデルの胸が小さく軋んだ。

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