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釣り

 翌日、カースとケルトはまた川に居た。  昨日の夕方から降り始めた雨は、今も止むことなく続いていたが「約束しただろ!?」とケルトに言われて、カースは要求に応えた。 「ぜんっぜんかかんねぇなー……」  ケルトが待ちくたびれて、竿から手を離す。 「まあ、こんだけ濁ってちゃな」  カースが当然とばかりに答える。  ちぇー。と口を尖らせて呟くケルトに、カースはポツリと尋ねた。 「お前は、まだずっとこの先も、生きたいと思うか?」  その言葉に弾かれるように、少年は男を見る。  男は静かな瞳で水面を……竿の、その先を見ていた。 「俺は……、ずっと、死にたかった」  カースの言葉に、ケルトは小さく驚きの声をあげる。 「……この眼のおかげでな……、まあ、色々あったんだよ。……大勢の人生を……、俺が駄目にしてしまった」  ケルトは黙って男の話を聞いた。 「一人になってからは、死んだ方がマシな事ばかりだった。だが、どうしても死ぬわけにいかなくてな。俺を生かすために死んだ者達の顔を、俺はずっと忘れられなかった……」  カースは、そこでやっと隣に座るケルトを見る。 「……お前には、酷だったか?」 「……いや」  問われて、ケルトはそれだけ答えた。 「お前は、生きたいと思ってるのか?」  カースは森と空の色をした瞳で、まっすぐケルトに問いかけた。  ケルトはその瞳の柔らかさに、自分が責められていない事を理解する。  むしろ、男の瞳はケルトを優しく包むように感じられた。 「オレは……崖から飛び降りたよ。頭が割れてさ、死んだと思った。……でも、気付いたら、戻ってるんだ。……どうしてかは分からない。けど何度やっても同じだった」  正直なケルトの言葉に、カースは苦笑を浮かべて答えた。 「そうか。そいつは難儀だな」  男は不気味がることもなく、大したことでもなさそうに返事をした。 「カースがオレを殺せるんだったら、……別に、殺してくれていいぜ?」  ケルトはそう言った。  その輪郭ははっきりと人の形を保っている。 「そうだな……。あの二人は、人なんか殺せねぇだろうしな」  カースはケルトの言葉を否定しなかった。 「オレはもう人じゃねぇよ……って、カースは人を殺したことがあるのか?」  問われて、男は口端を上げると暗く笑った。 「どうだろうな」  岩の間に立てていた竿先が小さく震えたのにカースが気付く。 「引いてるぞ」 「えっ、あっ!!」  ケルトが慌てて飛び付いた。  この日釣れたのは、この一匹だけだった。  帰り道、肩を落とすケルトのしょんぼりした背を叩くと、カースは上を指差した。 「知ってるか? あの実は火を通せば食えるんだ」 「……そうなのか?」 「ああ、結構うまいぜ。ただ、落ちると食えねぇくらいぐちゃぐちゃになっちまうんだよ」  言われてケルトが、じゃあどうすりゃいいんだ? と思案顔になる。 「俺が鞭で落とすから、この網で受け止めてくれるか?」  男に網を差し出されて、ケルトは途端に元気を取り戻した。 「おう、任せろ!」  まだ雨の残る中を、バケツにいっぱいの木の実を抱え、満面の笑みでケルトは帰ってきた。 「リンデルーっ、見てみろよ、これ!」  駆け出すケルトを見送って内心ホッと息をついた男に、ロッソが状況を報告すべく寄る。  カースがケルトの面倒を見ている間、リンデルはロッソに穢れを落とされているはずだった。  昨夕からの雨のせいで、リンデル達も洞穴へ逃げ込んでいた。  そのため、昨夜はあまり派手にはできなかった。 「……申し訳、ありません……。あまり、落とし切れませんでした……」  ロッソの悔しげな様子に、カースはほんの少し眉を寄せつつも、その頭を撫でた。  バチっと弾ける鋭い感触に、この従者が十分に働いた事を知る。 「ロッソ、思い詰めるな。お前はよく頑張ってるよ……」  従者はその言葉に、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。

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