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とっておき(*)

 ケルトは、その日も三人と一緒に朝食の席についていた。  最後に残ったパンはもう硬くなっていたが、枝を削った串に刺して軽く炙ったそれを、ケルトはあたたかいと喜んで食べた。 「オレが食べなきゃ、もっと長く居られるんじゃねぇのか?」  遠慮するケルトに、リンデルは微笑んで答える。 「ケルトはそんなに沢山食べないから変わらないよ。一緒に食べよう?」  石や土の上に座るよりはと昨日からはリンデルが切り倒した木を二本倒してベンチにしていたが、四人がゆっくり座れるスペースがあっても、結局ケルトはリンデルの膝に乗っていた。  ロッソは、リンデルが少年を乗せている間中、痛みを耐えているのではないかと思うと気が気ではなかった。  ロッソの隣に座っていたカースは、ロッソの細い指が震えているのに気付くと、その顔を見て内心舌打ちをした。 「ロッソ」  カースに呼ばれ、手招きをされて顔を寄せると「そんなものを顔に出すな」と耳元で忠告される。  続けて「俺の荷物に瓶入りの蜂蜜がある。出してやれ」と言われ、席を立たせてもらった。  愕然としながら、ロッソはカースの荷を探る。  ロッソはこれまで表情を表に出す方ではなかった。  今もそのつもりでいたのだが、どうやら身に染み付いていたはずの鉄の仮面は、敬愛する主人にその想いを許され、さらには愛を注がれた事により徐々に剥がれつつあるらしい。  よくケルトを膝に乗せているリンデルの下半身の穢れは、もうとても一晩では落としきれなくなっていた。  日々少しずつ黒ずんでゆく主人の身体に、ロッソは今にも心を潰されそうだった。  ロッソもカースも、できる限りそれを落とすよう毎夜尽くしたが、自分達の体力もそろそろ限界が近い。  こんな事なら最初にもう少し短い日数を告げておけばよかったと、ロッソは自身を激しく責める。  主人は、帰宅を早めようというロッソの提案を「それこそ彼が不安がる」と受け入れてはくれなかった。 「広範囲で、ネズミやアリすらいない環境を作ればいいんだよね」  瓶を取って戻ると、リンデル達はケルトの暮らせる場所について話していた。 「まあ、いくらかは湧く前提で、倒せる体制を整えとくしかねぇな」  男の言葉に、リンデルは頷きながら答える。 「それに、なんでも魔物化するってわけじゃなさそうだしね」 「確かに……虫でも幼虫のような魔物は見かけませんね」  ロッソは極力なんでもない顔をして、その話に加わった。  カースの取っておきの蜂蜜は、ケルトを破顔させた。 「甘っ! 甘ぁぁぁぁぁっっ!!」  ケルトは淡い緑の瞳を潤ませて、せっせとそれを口に運んでいる。  蜂蜜には、ケルトだけでなくリンデルも大喜びしていた。 「カースっ、こんな良い物持って来てるなんてっ、もっと早く出してくれたら良かったのに!」  そう言いながらも、リンデルは口元を緩ませて、パンに溢れんばかりの蜂蜜を塗ったものを頬張った。 「とっておきだっつったろ? こーゆーのは取っておくからこそ、取っておきなんだよ」  面倒そうに答えつつ、カースはそんな二人を優しげな瞳で眺めている。  食後、立ち上がろうとしたリンデルがふらつくのを見て、男が肩を貸す。  チラと見れば、洞穴ではまだロッソのナイフの手入れに興味を惹かれたらしいケルトに、ロッソが投げナイフの技を披露していた。  視線で知らせて、ロッソの頷きを受けると、カースはリンデルを簡易テントへ運んだ。  テントは、ようやく足元の水が捌け、今朝立て直したばかりだった。 「リンデル……」  そっと敷布に青年をおろして、カースがその名を呼んだ。  顔色が悪い。胸が苦しいのか、息が上手くできていないのだろう。 「ん、大丈……夫……じゃ、ないか」  リンデルの苦笑は、苦しさの方がずっと多く、痛々しかった。 「カース……」  助けを求めるように伸ばされた手に、男が応える。  口付けて、抱き締めると、青年は弱々しく男の肩に顔を埋めた。  ロッソは、テントとは反対の方向で、僅かに魔物の気配を感じた。  ケルトが以前生み出した魔物の中には、山を降りずにそこらをうろついているものもいる、おそらくこの気配もそうだろう。  魔物の気配は一体分で、疲労の色濃い主人を思うと自分が一人で処理するべきとロッソは判断した。  ロッソはケルトを一瞥する。  座り込んで作業に夢中になっている姿に、今なら、とロッソは魔物の気配のする方向へと走った。  ケルトはリンデルにもらった皮で、洞穴のコレクションを磨いていた。  こうすればもっとピカピカになるんじゃないかな?と、リンデルは装備を磨くための滑し皮で石を磨いて見せた。  今までも自分の服の裾でゴシゴシと泥は落としていたが、それよりも格段に表面が美しく輝いて、ケルトはその作業に没頭していた。  たくさんのケルトの石の中でも、今磨いていたのはケルトの手にすっかりおさまるサイズの、特別お気に入りの石だった。  ほんのり透き通る青緑色の石が、磨かれて格別に美しく煌めいた。  リンデルにも見せてやろう。  きっと、喜んでくれる。  あの金色の瞳が微笑むのを思い浮かべて、ケルトは石をぎゅっと握り締めテントへと駆け出した。 「ん……っ、あっ……」  リンデルはその胸に溜まった穢れを、男の指先で払われていた。 「余計な声を出すな」  カースに嗜められて、それでもリンデルは蕩けそうな瞳で微笑む。 「だって、カースの指……、気持ち……良くて……」  リンデルは男の手を取ると、ちゅ。とその指先に口付ける。 「ねぇ、もっと、して……?」  物欲しそうにねだられて、男はため息を吐いた。  リンデルが、ギリギリまで神経をすり減らしているのは知っている。  けれど、状況を考えると、その要求に今応えるのは躊躇われる。 「カース……」  リンデルは、堪えきれない様子で金の瞳を滲ませて男に口付けた。  舌を割り入れられて、男が小さく息を詰める。 「ん……っ」  突然、ざわり。と間近で魔物の気配を感じて、二人は振り返る。  そこには魔物ではなく、ケルトが立っていた。  テントよりもかなり向こうで、たまたま、はためいた布の向こうから、それが見えてしまったのだろう。 「二人は……恋人同士、だったのか……」  掠れるような小さな声。  ケルトは、なぜか酷く裏切られたような気がして、じわりと後退った。

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