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白い場所(*)

 効くかどうかは分からないが、やるほかない。  男は左眼を紫に染めて、ケルトの瞳を覗き込む。  術にかかった手応えはある。しかしその負荷は想像を遥かに超えた。  歪む視界を必死で保ち、はっきり告げる。 「落ち着け、俺の話を聞け」  そこまででカースは術を終了させる。  これ以上は持ちそうになかった。  ケルトの瞳にじわりと光が戻る。  それを確認すると、リンデルの血溜まりを隠すようにカースはケルトへ背を向けた。  崩れるように膝をつくと、カースは荒い息の合間から、なんとか言葉を紡ぐ。 「……リンデル、なら、大丈夫だ……。こいつはそんなに……やわじゃ、ねぇ……。俺が必ず、こいつを、助ける……」 「カース……」  術のおかげか、ケルトの声は随分と冷静に聞こえた。 「とにかく、お前はそこに座れ……」  言われて、ケルトは大人しく座り込んだ。  男は、血塗れのリンデルに躊躇うことなく触れた。  愛しげに髪を撫で、閉じたままの瞼へ口付け、耳元へ愛を囁くように。  歪な姿をした肩へも、失われた腕へも、男は微塵も迷いを見せず、本来あるべきラインをなぞるように撫でた。  まるで、この青年のことなら、隅々まで知っているとでも言うように。  男が触れるそばから、リンデルの傷が癒えてゆく。  四肢の全てがその姿を取り戻すと、いつの間にか血溜まりすら消えていた。 「リンデル、そろそろ起きろ。ケルトが心配してるぞ」  カースはそう言うと、金色の青年の頬を撫で、一層の愛を込めて口付けた。 「ぅ……ん……。…………カース……?」  金色の瞳が、緩やかに開く。  まるで、時間を気にせず微睡んだ午睡の後のように、リンデルは幸せな気持ちで目覚めた。  リンデルの声に、ケルトが思わず駆け寄る。 「リンデルっ! 大丈夫か!?」 「ああ、俺は大丈……っカース!? その眼……っっ」  リンデルの顔色が変わって、男は慌てて左眼を隠した。  手に伝わるドロリとした感触に、男は一瞬眉を寄せた。  左眼が痛むのはわかっていたし、何も映していないことも気付いていたが、何やら見た目に良くない感じになっていたらしい。 「大丈夫だ。気にするな」  短く答える男の顔色は、酷い土気色をしていた。  リンデルは自身と男を見比べて焦る。  自分はすっかり怪我もないというのに、男はまだ全身を刻まれたまま、赤々とした雫を点々と零している。  また、この人ばかりに無理をさせた。  俺は何を呑気に寝ていたのだろう。 「っ、カース、ごめんっ!」  たまらず、リンデルは男を抱き締める。 「おい、こら、ケルトが見て……っんっ」  嗜めるその口を、リンデルは唇で塞いだ。  男が少しでも元気になるように、その痛みが楽になるように、愛と祈りを込めて。  ケルトは一瞬たじろいだが、カースの傷が目の前で見る間に消えてゆく、その様子に目を奪われた。  リンデルは、男の中へとそっと侵入する。 「っ……、やめ……っ」  びくりと肩を震わせ、慌ててリンデルを押し退けようとする男を、リンデルは離さなかった。 「ぅ、んっ、んんっっ」  後頭部を押さえられ、頭を離すことすら出来ずに文句を言うカースの口内を、リンデルはゆっくりと隅々まで撫で回した。  もう少しだけ……。  カースの心から、涙のような血が零れないように……。  たっぷりの愛を込めたリンデルの口付けに、男はそれ以上抵抗できなかった。  恥ずかしさに頬を染め、精一杯ケルトの方を見ないようにしている男を、リンデルは一層愛しく感じる。  見える範囲の傷が癒えたことを確認すると、名残惜しそうにゆっくり男を離した。 「……っ」  男は、耳まで赤くして、俯くようにそっぽを向く。  見れば、ケルトも同じように赤くなっていた。 「ケルトも、びっくりさせちゃってごめんね。もっと早く伝えておけばよかったね」  そう言って、リンデルが微笑む。  まるで何事もなかったかのような、むしろスッキリしたような顔で。 「い、や……。オレこそ、勝手に動揺して……悪かっ……」  答えるケルトが、両目からぼろりと大粒の涙を溢した。 「ケルト……」  手を伸ばそうとして、リンデルがカースをチラリと振り返る。  カースが頷くのを見て、リンデルはケルトを抱き締めた。  ケルトにとって、リンデルのキスは生まれて初めてもらった愛だった。  いつだって笑顔で応えてくれるこの青年は、もしかしたら自分のことが好きなのかも知れない、なんて……、どこかで思ってしまっていたのだろうか。  そんなこと、あるはずがないのに……。  リンデルに抱かれたままのケルトの輪郭がじわりと滲んで、カースがそれを撫でた。  あたたかい大きな手がゆっくりと自分を撫でる。  ここへきてからこの男は、毎晩、ケルトが寝付くまでこうして撫でていてくれた。  今までは、眠るのが怖かった。  目を閉じてしまったら、もう人の姿を保てなくなりそうで。  もう、人だったことすら、忘れてしまいそうで……。  けれど、この男は毎晩、大丈夫だと囁くようにオレを撫でてくれた。  その手が大好きだった。 「リンデル、カース……」  名を呼ばれて、リンデルがそっと体を離し、金色の瞳で真っ直ぐケルトを見る。 「うん、なあに?」  カースも、いつもの低く優しい声で短く答えた。 「なんだ?」 「二人は、オレのことが……」  そこまでで、言葉は途切れた。 「っ……」  言葉にしても良いのかを迷うように、ケルトは眉を顰めて息を詰める。 「なんでも聞いて?」  リンデルが微笑む。  息を詰めたケルトの頬が徐々に色づくのを見て、質問を待たずにカースが答えた。 「俺はお前のこと……、かなり気に入ってるぜ」  男の返事に、リンデルが『なるほど』という顔をする。 「俺も好きだよ、ケルトのこと」  さらりと告げると、補足する。 「あとね、カースはこういう言い方だけど、これは大好きってことだよ」 「……」  カースはなんとも言えないまま、どこか面映げに眉を寄せて沈黙する。 「俺も、ケルトのこと大好き!」  リンデルはおひさまのように明るく笑うと、ケルトとカースへ両腕を広げて二人同時に抱き締めた。  急に飛びついてきたリンデルにバランスを崩し、三人まとめて転ぶ。  ケルトが思わず閉じてしまった目を開くと、そこは洞穴の前だった。 「あ、戻った」  リンデルの声に、カースが低く呻く「状況は良くねぇが……」 「主人様っ!!」  悲痛な叫びは間近で聞こえた。

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