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それぞれの覚悟 (1/3)【エクストラトラック】呪いがとける日

 ※カースの寿命が尽きる日のお話です、死ネタの苦手な方はご自衛ください。  ---------- 「……覚悟は、もう出来たか?」  ベッドから体を半分ほど起こした男は、慰めるような声で、森色の瞳を少しだけ揺らして俺にそう尋ねた。  カースが風邪をひいたのは七日ほど前だ。  冬祭りが終わって、皆ホッとしていた。  カースも気が緩んでいたんだろうか。  三日目の夜から、咳が止まらなくなった。  うつるといけないからと言われて、俺はここ三日彼に会わせてもらえなかった。  それが、治ったわけでもないのに「顔を見せてあげてください」なんてロッソが言うから、俺は慌てて駆け付けた。  カースは、ほんの三日見なかっただけで、すっかり細くなってしまっていた。 「なんだ、来たのか。……お前にも、うつるかもしれないぞ……?」  カースは苦しげな息の合間に、絞るような声で、そう言った。  それから丸一日、俺はカースのそばを離れずにいる。  いつもなら「主人様はご自分のお仕事をなさってください」なんて言ってくるロッソが、今回は何も言わなかった。  俺は、俺に覚悟を問うカースに、まだ半分も出来そうにない覚悟の周囲をこれまでの技術で必死に固めながら答える。 「うん……、もう出来たよ」  カースが、少しでも安心できるように。  カース……。  嫌だよ、死なないで。  俺を置いていかないで。  もう離れないって、ずっと一緒だって、言ってくれたのに……。  そんな言葉をひとつも漏らさないように、全部全部、噛み潰して。 「約束……覚えてるな?」  カースが、静かな瞳で俺を見る。  約束……。  記憶を辿れば、あの北の山から帰った次の日の会話が胸に蘇った。  カースは、あれを本当に約束だと言ってくれるんだ。  死んでも。魂だけになっても。  そばにいてくれるって話……。 「うん、覚えてる。忘れないよ」 『そうか、それならいい』と、カースの瞳が告げた。  優しく細められた瞳には、死の色が濃く映っていた。  その明け方に、カースは逝ってしまった。  不思議と涙は出なかった。  ただ寂しくて寂しくて、胸が苦しくて仕方なかった。  葬儀はロッソが全てを整えてくれた。  孤児院を出ていた子ども達は全員、一人残らず帰って来て、カースを悼んでいた。  子ども達が近況を報告してくれるのを、俺はどこか夢の中にいるような気分で聞いた。  結婚したとか子どもが産まれたとかそんな喜ばしい報告に、それはよかったね。カースもきっと喜んだだろうにね。と、笑顔で返しながら。  子ども達は皆、俺とロッソの心配をしながら帰っていった。  俺を心配してここに残ろうとしてくれた子もいたけど、ロッソがそっと帰していた。  俺は、胸にポッカリと大きな穴が空いてしまって、何もする気になれなかった。  いつの間にか夜が来て、朝が来て、また夜が来る。  ロッソが運んでくれる食事を、食べられるだけ食べて、ロッソに布団に詰め込まれれば、なるべく目を閉じるようにしていた。 『自分のために出された食事は出来る限り食べろ』とか、『夜は眠くなくても目を閉じて頭と身体を休めろ』とか、カースが教えてくれた言葉が、どうしても蘇るから。  何日か経つと、ロッソが俺を外に連れ出した。  外には、春が訪れていた。  ぽかぽかあたたかい陽射しが、眩しくて、明るくて、なんだか全部が嘘みたいだった。  俺は今も夢の中で、目を覚ませばカースが隣で寝てるんじゃないかと、そんな気持ちがいつまでも消えない。  ロッソに木剣を渡されて久々に剣を振るえば、驚くくらい腕が鈍っていて、ロッソに全敗した。 「主人様……」  土のついた俺を引き起こしながら、ロッソの黒い瞳が不安げに、どこか縋るように俺を見つめている。 「ありがとう……、大丈夫だよ」  俺が笑顔を見せても、ロッソはほんの少し痛みを堪えるように眉を寄せただけだった。 「……心配かけてごめん。自分でも、どうしたらいいのか分からないんだ。悲しい気持ちが、ずっと消えなくて……」  苦笑して言えば、ロッソはその瞳にうっすらと涙を浮かべた。  ロッソがベッド以外で涙を見せるなんて、珍しいな。  俺はそんなに、心配させてしまってるのか……。 「ロッソ……」  ロッソの滲んだ涙が零れる前に、俺はそれを親指の腹で拭う。  なんだか、それが零れる様は、見たくなかった。 「主人様が……泣かないからです……」  ロッソは、ほんの少し震える涙声で言い返した。  確かに俺は、カースを失ってから一度も泣いていない。  きっと、悲しみも寂しさも、涙とともに少しずつこの身体から流せば消えてゆくのだろう。  けれど、この悲しみも寂しさも、カースが最後に俺に残してくれたもので……。  ああ……俺はただ、彼のくれたこの感情を手放したくないんだ。  そんな困った自分にようやく気付いて、苦く苦く苦笑する。 「……俺の代わりに、泣いてくれてるの?」  ロッソは答えなかったけれど、黒い瞳は俺の言葉を肯定していた。

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