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正しさ│マフラーとメロン

 スマホを持たせてから、凪の料理の自由度が少し上がった。午後に雨が降る時は、凪は嵐に折り畳みの傘を持たせた。帰りの時間を教えると、凪はそれに合わせて夕食を用意するようになった。  嵐にとって、快適だった。  休みの日、凪と一緒にスーパーに行くことにした。 「あの、おれ、一人で買い物に行けますから……」 「うるさい、二人で行けば効率がいいだろう」  嵐はそう言って、凪に着いて行く。車は使わなかった。体を動かしていないのが最近気になるから、散歩のついでだと凪には言った。  凪の首元が寒そうだったので、嵐はしばらく使っていなかったマフラーを付けさせた。結び方がわからないらしい凪に、嵐は代わりに巻いてやることにする。 「どうだ?」  嵐が尋ねると、首どころか口元までをすっぽりとマフラーの中に埋めた状態の凪が言う。 「あったかいです」 「そうか」 「……いい匂いがします」  嵐が手を止める。そして静かに凪を見る。対する凪は、頭ひとつ低い視点から嵐を見上げている。見つめ合いそうになって、すぐに嵐は視線を逸らす。 「……寒くないなら、いい」 「あ、はい」  凪に新しい防寒具を買ってやるべきだと思っていた嵐は、少し迷った。  凪が普段どんな風に買い物してるのか、そういえば見たことがなかった。嵐は凪と並びながら、近くのスーパーまで行くことにする。しかし凪はいつも嵐が買い物をしているスーパーには入らず、そのまま通り過ぎて行こうとする。 「待て、どこに行く」  引き止めると、凪が立ち止まって振り返る。少し困ったような顔で、凪は遠くを指差す。 「向こうにもう一軒、スーパーがあります。そこの方が、少し安くて」 「……そうか」  嵐は瞬きをして凪の手を離し、大人しく着いていく。もう一軒あるのは知っていたが、行こうと思ったことも、値段で見たこともなかった。  十分ほど歩いて、嵐と凪はもう一軒のスーパーに辿り着く。  嵐はカゴを持ち、凪の買い物の様子を近くで見ることにする。凪が「特売」と書かれた安い肉を手に取る。 「それでいいのか」 「いつものです」  凪は少し困ったようにそう答えた。  次いで、凪が乾物コーナーに立ち寄る。凪がふりかけに手を伸ばした時、嵐は思わずそのパッケージの文字を読み上げていた。 「……業務用?」  凪が手に取ったのは、嵐の弁当にたまにつけてくれる小袋タイプの物ではなく、大きめのプライベートブランドのふりかけだった。だがこのパッケージは見たことがない。凪の方を見ると、俯いたまま、しかしそのふりかけの袋を手離す様子はない。 「……お、おれのお昼ご飯です……」  凪は平然とそう言う。嵐は目を見開く。まさか、と嫌な想像をする。 「お前……それで本当に足りてるのか? 俺がいないあいだ、昼はなにを食べてるんだ」 「えっと……その、これと、ご飯を、少し。あと、お弁当のおかずで余ったものとか……」  気にしたことはなかったが、それを聞いて嵐は息が詰まりそうになる。今までレシートを見てはいたが、それが自分の弁当にたまについてくる小さな小袋タイプの方だと思い込んでいた。嵐は口を開くが、次の言葉を見つけるまでに時間がかかった。 「今度からしっかり食べろ。……倒れられたら、迷惑だ」 「は、はい。すみません」  凪はまたそう言って頭を下げる。しかし最終的に、そのふりかけをカゴに入れる。嵐はそれを見て、なにも言わなかった。  止める理由が、うまく見つからなかった。  あらかた買い物をして、それから凪と会計に向かう。嵐はレジに並ぶ途中で、「ちょっと待ってろ」と言い、列を抜ける。  向かったのは青果コーナーだった。最初に店に入って通りがかった時、凪が一瞥して、それから目を逸らしたのを嵐は見ていた。糖度表示の中で一番高いものを選んでレジの列に戻ると、ちょうど凪がレジカウンターにカゴを預けているところだった。戻ってきた嵐が手に持っているものを見て、凪はぎょっとした顔をする。 「あ、あの……それ……」 「俺が食べたい」  嵐はそのままレジの店員にメロンを渡す。ピ、と読み込んで、機械音声が値段を読み上げる。凪は精算済みのカゴに入ったそれを、しばらく見ていた。  その日の食卓には、メロンを切った小皿が出た。さっきまで凪が一生懸命切り方をネットで調べていたやつだった。凪は明らかに気にしているが、嵐はなんでもないように食事を進める。  食後、凪が恐る恐るメロンの小皿にフォークを伸ばす。まろい薄緑色のそれを口にして、一瞬凪が固まる。そして頬に手を当てながらゆっくりと咀嚼した。嵐はそれを、視界の端で眺める。目線をテレビに向けてはいながらも、視界の端で凪がフォークを動かして、ゆっくり食べているのが映っている。頬杖をついた手が、口元が緩んでいることに気付かせた。  食べ終わったあと、半分に切られたメロンの前で、凪がまたスマホでなにかを調べていた。いつになく困った顔をしている凪に、嵐は近付く。 「……なにしてる」  風呂から出た嵐がそう声を掛けると、凪が顔を上げ、眉尻を下げたまま嵐に言う。 「その……残り、食べ切れるか心配で」  どうすればいいかわからない様子の凪に、嵐はなにがそんなに困るのかと不思議になる。 「……俺が仕事のあいだに、お前が食べればいいだろう」 「で、でも……嵐さ……黒川さんのですし」 「嵐でいい」  凪が「あ……」と口ごもる。しかしその次にはなぜか「すみません」と謝っていた。嵐ははぁとため息をつく。しかしその時、嵐は閃いた。 「それなら、残った方はジュースにでもすればいい。ブレンダーは確か……」  そう言った嵐が、ウォールキャビネットの奥に眠っていた箱を取り出して見せる。なにかの景品でもらったものだ。凪は目を丸くした。 「なんだその顔は」 「い、いえ。なんでも。……今度、嵐さんのぶん、用意しておきますね」 「お前も飲むんだ」 「えっ」 「半玉もあれば二杯は作れるだろう。お前も手伝え」 「……はい、わかりました」  凪はそう言って、取り出したブレンダーの箱を優しく撫でる。  少しだけ、耳が赤くなっていた。  寝る直前、歯磨きを済ませた嵐がリビングに戻ると、凪が台所でなにかしているのが見えた。よく見ると皿を洗ったあとで、メロンの皮を水で洗っていた。 「凪」 「はい」  凪が振り向く。しかし嵐は言葉に詰まる。 「いや……なんでもない。もうそろそろお前も寝ろ」 「はい。……おやすみなさい、嵐さん」 「ああ、おやすみ」  凪はメロンの皮を、名残惜しそうにじっと見ていた。  やがて、白い手がそれをゆっくりとゴミ袋に入れた。

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