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アクアリウム│サバ、ペンギン、イルカ
しばらく歩いているうちに、大水槽へ辿り着いた。
青い光の中を、見分けのつかない魚たちが群れになって泳いでいる。どれがどの魚なのか、嵐にはさっぱりわからない。
隣を見ると、凪はぼんやりと水槽を見上げていた。
ㅤそのうち、やがて一匹を指差す。
「……鯖です」
「わかるのか」
「……はい」
それだけだった。嵐は水の中を泳ぐ鯖よりも、台所に立つ凪の姿を思い出していた。生姜の匂いと、少し濃い味噌の香りまで、妙に鮮明だった。
ペンギンコーナーに入ると、一層海の匂いが強くなった。
ㅤ壁の説明パネルを、嵐は覗き込む。
「つがいで子育てする生き物です。オスも子育てに参加します」
ㅤと、イラストの下に書いてあるのを見付ける。
やがて二人の前によちよちと歩いてきたのは、目の上に黄色い羽飾りのある、赤い目のペンギンだった。嵐はパネルの説明を読む。イワトビペンギンというらしい。
「……歩き方、面白いです」
「お前に似てる」
ぴょこぴょこ歩いているそれを見て凪に言うと、凪は水槽に手をついて覗き込む。しばらく間を空けて、静かに言った。
「……嵐さんの方が似てます」
「どこが」
「眉がキリッとしてて、かっこいいです」
ㅤそう言われた瞬間、嵐は言葉に詰まった。
ㅤ返す言葉を探しているうちに、なぜか、耳が熱くなった。
さらに歩みを進めていると、広けたところへと出た。中央には丸い円形のプールがある。どうやらイルカショーをやっているらしい。
ㅤ普段なら素通りするところだ。凪を見る。少しだけ、視線がそちらへと向いている。嵐は自然と足を踏み入れていた。階段を降りる凪に手を貸し、二つ空いている手近な席に座る。
イルカたちが泳ぎ、跳ねる。ぶら下がっているボールにジャンプしてタッチしたり、リングをくぐり抜けたりしている。そのたびに観客席からは歓声や拍手が沸き起こったりした。最初は無反応だった凪も、次第に小さく拍手をしていた。
「ひゃ」
目の前でイルカがジャンプした時、凪が反射で一瞬嵐の方へと身を寄せた。軽い衝撃に、嵐は凪の方をちらりと見る。凪はすぐに体を戻し、「すみません」と小さく謝罪を口にした。
「別に、いい。濡れてないか?」
「はい、大丈夫です」
嵐が聞くと、凪はこくこくと頷いた。
これも、覚えた動きか。
答えは出ない。だが、さっき見たイルカの動きと、どこかで重なった。
「イルカ、乗れるんですね」
なにげなく凪がそう零したのが聞こえて、嵐はイルカの方へと視線を戻す。トレーナーがイルカの上に跨り、水上を走るように泳いでいる。
「乗ってみたいか?」
「……振り落とされてしまいそうです」
「しっかり捕まっていれば大丈夫だ」
再び凪を見る。凪はイルカに乗って海を泳いでる自分を想像したのか、やがて少しだけ頬を緩めた。
「もしそうだったら、……少し、楽しそうです」
言い終えてから、凪ははっとしたように口を閉じる。
「すみません」
反射的にそう付け足す。嵐は眉を寄せた。
「謝るな」
短く返すと、凪はわずかに目を見開く。
それから、もう一度だけイルカの方を見る。水面を走る背中が、きらきらと光っていた。
凪は小さく息を吐いて、今度はなにも言わなかった。
ㅤだがその目は、ほんの少しだけきらきらして見えた。水面の光のせいかもしれない。けれど、それだけではない気がした。
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