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アクアリウム│マルとバツ
「少し見てくる」
嵐がそう言って車を降りると、凪も助手席のドアに手を掛けた。
「おれも行きます」
「いい。寝ていろ」
「……邪魔、ですか」
凪の小さな、けれど確かな声に嵐は言葉に詰まり、わずかに息を吐く。
「……好きにしろ」
立ち寄ったのは本屋だった。
嵐は育児書の棚の前で立ち止まる。妊娠中の体調変化、食事、貧血、生活上の注意。ページをめくりながら、自分が見落としていたものがないかを確認するように目を走らせる。
ふと、その中のある文字で視線が止まった。
ㅤ――妊娠中の性行為について。
嵐は数秒その文字を見つめ、それから静かに本を閉じた。
「……違う」
低く呟き、嵐は結局、別の実用書を手に取った。会計に向かおうとして、嵐は凪の姿が見えないことに気付く。
探すと、凪は写真集の棚の前にいた。海の生き物の載った写真集を開いていた。嵐はその本を見て、それから凪を見る。
文字が少ない。
その瞬間、小学校の算数アプリを使っていた凪の姿が頭をよぎった。
「……そういうことか」
嵐は方向を変え、そのまま学習参考書の棚へ向かった。そして小学校基礎、中学基礎の問題集を入れる。凪が目を丸くする。
「……それ」
「お前のだ」
「……こんなに、いりません」
「いる」
嵐は淡々と答える。
「使うものだけ使えばいい」
そのまま、嵐は文房具コーナーに向かう。そしてノートとシャープペンシルと消しゴム、最後にペンケースを手に取った。
水族館と本屋のあとで、凪は家に帰るまで助手席で眠っていた。
家に入って、嵐は買ってきたものを整理する。ぬいぐるみの置き場所に迷ったが、とりあえずソファに置いた。本屋のプリンターで現像した写真は、少し悩んで、書斎のPCの近くに置いた。
嵐が育児書を読んでいる横で、凪は買ってきた問題集を解いている。
「……できました」
嵐が採点する。赤ペンでバツがつく度に、凪は縮こまっては肩を震わせる。……思ったより基礎が必要だ。中学校基礎の問題集はもう少ししてからの方が良さそうだ。嵐はゆっくりとペンを置き、凪に採点結果を返す。
「だいたいわかった。……今日はもう寝ろ」
そう言うと、凪は採点結果を上から下まで見ながら、真新しい文房具を静かにペンケースの中にしまった。そしてそれらを抱えながら、大人しく寝室に向かう。
「凪」
ㅤ明らかに肩を落としている様子に、嵐は少し迷ってから声を掛けた。
「……高卒認定試験というものがある。事情があって学校に行けない者が、高校を卒業した者と同等の学力を証明するための試験だ」
「そうなんですか」
「ああ。……持っていれば、役に立つ」
凪が視線を落とす。少しなにかを考えるような間ののち、凪は顔を上げ、真っ直ぐと嵐を見る。
「わかりました」
凪は頷いてそれだけを言い、それから寝室に戻って行った。凪がドアを閉めたのを見て、嵐はため息をつきそうになる。
嵐は立ち上がり、書斎に入った。そして自分の本棚を眺める。TOEIC、英語の辞書、ビジネス書。凪が読むにはいささか難しすぎる物ばかりだ。果たして、役に立たないのはどちらだ。再度ため息をつき、嵐は思考を巡らせる。
自分が使っていた教科書は、実家にまだあるだろうか。
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