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アクアリウム│クッキーと教科書
次の日、嵐は職場に水族館の土産を持って行った。水族館で買った、海の生き物がプリントされたクッキーだ。
「土産だ」
そう言って凪を土産コーナーに連れていく口実で買ってしまったが、どうせなら職場で実際に配ってたまには好感度を上げるのもいいと思った。オメガの新人は「ありがとうございます」と言ってクッキーを受け取る。だが三浦だけは、なぜか怪訝な顔をしていた。
「珍しいッスね。……一人で行ったんです? 明日香さんと?」
「明日香じゃない。友人とだ」
「え。主任、友達いたんですか?」
嵐は三浦を睨んだ。
仕事の終わり、今度は実家に顔を出す。
父が会社を興した時に秘書として働いていた母は、嵐が高校生の頃に専業主婦になった。母は嵐の来訪に軽く驚きつつも、「おかえり」と声を掛けてくれた。父の靴はなかった。
「昔の教科書、残っているか。少し使う用事ができた」
「どうしたの、急に」
母は嵐がなんの目的で実家に寄ったのかを気にしているようだった。嵐が目的もなく実家に寄るタイプではないと、理解している。
「使う。処分していないなら持っていく」
「勉強でもするの?」
「いや、俺じゃない」
そう言って、嵐は自分が使っていた二階の部屋に向かう。母もまた、嵐のあとを追いかける。
「じゃあ誰が?」
「知り合いだ」
「また家庭教師のバイトでも始めたの?」
「違う。必要になっただけだ」
そう言うと、それ以上の答えは得られないと悟ったのか、母は大人しく引き下がった。
「……そう。まあ、貴方のだから好きにするといいけど」
嵐は大学入試まで使っていた自分の勉強机を物色する。母が定期的に掃除をしていたのか、埃は被っておらずそのままだった。その横で、母は思案顔で嵐を見つめている。
「……これ、土産だ」
教科書を一通りかき集めて鞄の中にそれを入れようとした時、嵐は入れ代わりに持ってきたクッキーの箱を取り出して、それを母に手渡した。
「なにこれ。クッキー?」
受け取った母は不思議そうな目でそれを見て、それから表情を変えないまま嵐を見る。
「水族館だ。昨日、行ってきた」
「珍しいわね。誰と? 明日香さん?」
「友人とだ」
母が動きを止めて嵐を見る。
「……嵐、貴方友達いたの?」
思わず喉の奥が鳴った。
その日の晩、帰ってきた嵐は実家から持ってきた教科書を凪に渡すと、凪は受け取りながら「いいんですか」と目を丸くした。
「俺はもう使わないからな」
「……ありがとうございます。大事に、します」
「それから、これも」
キャラクターもののブランケットを差し出す。凪はそれを受け取って、それから顔を上げた。教科書を渡した時以上に驚いた顔をされ、嵐は思わず「なんだ」と零す。
「嵐さん、これ」
「それしかなかった」
「トト――」
「それしかなかった。……それで我慢しろ」
そう言い切ると、凪はまだ戸惑いの残る顔をしていたが、やがてふっと息を吐いた。
「……はい。ありがとうございます」
その日から、仕事を終えて家に帰ると、凪は勉強をしていた。嵐は時折リビングにノートPCを持ち込み、ソファでメールを返しながら凪の勉強する姿を見ていた。
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