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訣別│手がかり
嵐はなおも探し続けた。明日香もまた、凪を探してくれた。ホテルの従業員や友人に凪の写真を見せながら、「彼を見かけたら連絡ちょうだい」と言って回っているようだった。しかもそれが、さらに別の人にも伝わる。一体どこまで広がるのだろうかと、少し興味深かった。
それでも凪の目撃情報はなかった。あっても人違いが数件だった。
仕事終わり、明日香から電話がかかってくる。成果報告の連絡だった。案の定、進捗は芳しくなかった。
『見つからないわね』
明日香の声は少し掠れていた。すぐ凪が見つかるのではないかと抱いていた淡い期待は打ち砕かれ、捜索は難航していた。
「財布は持って行ってないから、そう遠くへは行ってないはずだ」
『中身は? 減ってなかった?』
嵐は壁にかかっていた凪のエコバッグの中を見て、改めて財布を開く。嵐の不在時、なにかあった時のために入れておいた三万円が、そのまま綺麗に折り畳まれて入っている。やはり手は付けられていない。
「……減ってない」
『そう……』
明日香の残念がる声に頷きかけた、その時だった。
嵐は財布の隙間に、洋菓子店のレシートを見つけた。凪がいなくなった日、昼間の時間が打刻されている。嵐はしばらくレシートの印字を見て、それから違和感に気が付いた。
「……あ」
会計の時、凪は千円を出している。……このお金は、どこから。
嵐はその千円を、どこかで見たことがある気がした。封筒の裏に透けていた千円札。怒られると思って下げていた頭。封筒を握り締める、震える手。
「……っ」
嵐の胸が少しだけ軽くなる。慌ててスマホを取り出し、それから嵐は明日香に電話を掛ける。
「明日香、俺だ! ……凪は、遠くに行ったかもしれない」
『比喩じゃないでしょうね、それ。わかったわ、それなら調査の手を広げてみる。友達に鉄道会社の職員がいるわ、彼にも聞いてみる』
「ありがとう。俺は、君になんて言ったらいいか……」
嵐の声が震える。けれど明日香は電話の向こうで笑っていた。
『気にしないで。……手がかりがあってよかったわ』
そう言って、明日香は電話を切る。嵐は呆気に取られながら、スマホを耳から離す。
通話終了の表示が消えるまで、嵐は画面を見ていた。
その日、凪捜索のために出かける準備をしていた矢先、明日香から連絡が入った。カフェで待ち合わせをしたいというその内容に、嵐は急いで車に飛び乗った。
「凪くんらしき人をこの辺りで見たって、情報が」
カフェに着くなり、明日香はテーブルに身を乗り出して鼻息を荒くする。明日香が地図を印刷したものに印をつけている。嵐は手に取る。そこがどこか一瞬わからなかった。地名が目に入った瞬間、嵐は眉間に皺を寄せて地図を顔に近付けた。
「……由布院?」
人違いだと思った。ここからどれだけ離れていると思っている。嵐は地図から明日香へと視線を移す。
「鉄道会社に勤めてる友達が教えてくれたの。駅の窓口で、ボロボロの首輪したオメガの妊夫が、温泉ってどう行けばいいですか、って聞いたのを覚えてる職員がいるっていうのよ」
明日香の声は興奮気味で、上擦っていた。それを聞いた嵐は、逆に冷静になる。
「……まさか。移動は新幹線か?」
「ええ。その妊夫、由布院へ行きたいって言ったらしいわよ」
嵐は眉を寄せる。
「だが、それだけじゃなんとも言えないだろう」
「これ、見て」
明日香がスマホの画面を見せる。金髪の男が、日本家屋の廊下でダンスをしている動画だった。嵐はますます顔を顰める。
「なんだ、これは」
「Tiktakよ」
「そうじゃなくて、なんだこの動画は」
「よく見なさい、ほらここ」
明日香が画面をタッチして、それからバーを動かして遡る。一瞬、金髪の男の後ろを人影が通り過ぎる。明日香はそこで止める。猫背気味の、作務衣を着た黒髪の青年。顔は隠れていてよく見えない上に、画質も荒い。けれど妙に突き出た腹のシルエットは、ぼやけていてもわかった。
嵐は明日香のスマホを奪うように手に取り、目をいっぱいに見開いて画面を見つめた。そして液晶の上から、その影をそっと撫でた。
「……凪」
胸が高鳴り、呼吸が浅くなる。それだけで、嵐の視界は少しだけ色を取り戻したようだった。
そのあとは早かった。
嵐は素早く荷物をまとめて、会計を済ませてカフェを出る。
「ちょっと、まだ確証はないわよ」
明日香の声とヒールの足音が追いかけてくる。だが嵐は止まらない。
「わかっている。だからだ」
「……嵐、待って!」
そう明日香に呼び止められて、嵐が振り返る。嵐に追いついたダークブラウンの瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。
「見つけたら、ちゃんと聞きなさい。あの子が、どうしたいのか」
嵐は彼女の靴の先を見る。明日香は小さく笑った。
「貴方、優しい顔してる時ほど勝手だから」
「そんなつもりはない」
「あるわよ」
間を置かずにそう言われて、嵐は面食らう。
「明日香」
「なによ」
「怒ってるのか?」
「……当たり前じゃない! いきなり婚約解消されて、かと思ったら急に失踪した相手を探して欲しいだなんて」
見ると明日香は腰に手を当て、嵐のことを睨んでいる。
「……悪い」
嵐は項垂れる。けれど明日香は睨むのをやめ、明るい調子で返した。
「なんてね」
「え?」
明日香は肩を竦める。
「いいのよ。気にしてないとか、傷付いてないって言えば嘘だけど――そんな顔する貴方、初めて見たもの」
それから少しだけ笑った。
明日香と別れたあと、嵐は一度会社へ向かった。
休日で人の少ないオフィスへ入り、総務から長期休暇申請の書式を受け取る。三日以上の有給取得には部門長の承認が必要だった。必要事項を書き込み、嵐は部長席へ向かった。
「失礼します」
書類を差し出すと、部長は眼鏡越しにそれを見た。
「少し待て」
嵐は眉を顰めた。
「なにか問題でも」
「いや」
今すぐにでも飛び出していきたい嵐をよそに、部長は受話器を取る。嫌な予感がした。内線でどこかへ連絡を取っている。二言、三言なにかを話している。時折視線を向ける。やがて部長は受話器を置いた。
「社長がお呼びだ」
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