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訣別│会いたいきみへ

 嵐は拳を握った。  部長はそれ以上言わず、申請書を突き返す。嵐は申請書を持ったまま社長室へ向かった。  ノックをすると、「入れ」と聞き慣れた父親の声だった。室内へ入る。父はデスクの向こうで書類を読んでいた。家で新聞を読んでいる時と同じ顔だ。嵐が立っても、すぐには顔を上げない。  数秒して、ようやく視線が向く。婚約破棄の話をした時と同じく眼光は鋭く、一代で家具輸入商社を興した人物だけあってそれなりの威厳がある。 「座れ」  嵐は応接ソファへ腰を下ろした。父は申請書を手に取る。 「三日も休むのは珍しいな」 「必要なので」  嵐はきっぱりと言う。父は静かに続けた。 「あの少年か」 「はい」  父の目線が一瞬下を向く。 「見つかったのか」 「まだ確証はありません。だから、確かめに行きます」  父は申請書を机へ置いた。 「……お前は最近、その少年を優先しすぎている」  圧のある、低い声だった。そして顔の前で手を組む。 「保護するのも、支援するのも構わん。だが、お前がそこまでする理由はなんだ」  父の問いに、嵐は拳を握った。答えは思ったより簡単だった。 「会いたいんです」  口にした瞬間、自分でも驚いた。 「会ってどうする」 「わかりません。ですが、会わないまま終わるのは嫌です」  空調の音が静かに聞こえる。父は、手を組み替えて言う。 「……好きなのか」  そう言われた瞬間、嵐は息を止めた。凪の顔が浮かぶ。  料理をする猫背気味の背中。寝顔に落ちる睫毛の影。謝ってばかりいた声。そして、なにも言わずに消えた姿。  凪は傷付いてきた。彼を家に連れ帰った責任もある。関わらなくても助ける方法はいくらでもある。それでも、そばにいたかった。 「はい」  嵐は迷わずに続けた。 「愛しています」  父の眉がわずかにぴくりと動いた。対峙したまま見つめ合う数秒が、やけに永く感じた。  やがて申請書を手に取り、承認欄へ署名を書く。 「三日だ。……四日目には戻れ」  そしてそれを、デスクにしまった。 「ありがとうございます」 「わかったなら行け」  そう言われて、嵐は社長室をあとにする。嵐が振り返ると、父はもう、別の書類を見ていた。  品川についた嵐は、スマホで新幹線のチケットサイトを表示する。値段表を見た嵐はグリーン車を選ぼうとした手を止めて、画面をスクロールして上に戻す。  そして、嵐は一番安い自由席を選んだ。

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