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あたたかい場所│いつかの光景

 朝起きて、駅員の言う通りに由布院行きの特急のチケットを買った。席についた凪は、ぼんやりと景色を眺める。東京ではあまり見ることのなかった山が見える。窓に手をついて、凪はそれを眺めていた。この中のどれかが富士山なんだろうか、とぼんやり思った。  やがてついたのは、小さな駅だった。  改札を出てから、凪はしばらくその場で立ち尽くしていた。品川よりも、博多よりも人はまばらで、視界は広かった。  やっとついた、という実感よりも、ここで合っているのかな、という少しの不安を胸に歩き出す。  少し肌寒い中、駅を出て歩くと、硫黄のにおいと熱気を感じた。見るとすぐ近くにお土産屋さんと、足湯があった。観光客がそこで写真を撮ったり、足湯を利用したりしている。無料、という看板を見つけて、凪はふらふらと吸い寄せられるように足湯に向かった。  靴を脱いで、他の観光客がしているように透明なお湯にちゃぷ、と足を付ける。少し熱いと思ったが、すぐに慣れた。ふくらはぎまで入れて、凪は深く息をついた。  しばらくして立ち上がった凪は、足を拭くタオルが必要なのだと他の観光客を見て初めて知った。少し困りながらも、自然に乾かしたあとでそのまま通りへ出る。  足湯から出ると、張っていた足が少し軽くなった気がした。凪はその足で、観光客が行き交う通りを歩きながら見て回る。落ち着いた雰囲気がありながらも、人が多くてにぎやかだった。凪はテレビで見たところだ、と思った。いちご大福、コロッケ屋さん、お団子屋さん、雑貨屋。いろんなお店がたくさん並んでいて、お祭りみたいだと思った。  ふと、どこからか一際強い、甘い匂いがした。立ち止まって辺りを見渡すと、温泉まんじゅう、と書かれたのぼりを見付けた。気付けば凪は店の前に立っていた。ほこほこした甘い匂いが強くなって、凪は唾を飲み込んだ。  もし嵐がいたら、どうしただろう。たぶん、食べたいなら買えと言う。それだけ言って、自分はコーヒーでも飲んでいる気がした。  凪は小さく首を振る。そんなことを考えても仕方がない。  看板を覗き込んだ凪は、その下の値札を見た。それから封筒の入ったポケットを触る。凪は少し迷ったが、結局なにも買わずにそのまま店を離れた。  お昼になって、凪はコンビニで具のない塩おにぎりを一つ買った。それをゆっくり食べながら、流れていく人を見ていた。観光客が団子を食べながら通りを歩いていく。店の前では写真を撮る人がいて、笑い声が聞こえた。  凪だけが、ここにいないみたいだった。  ふと、人混みの中で嵐と似た背丈、同じ髪型の人を見かけて、凪の心臓は飛び上がった。  振り向いた時の顔ですぐに違うとわかったが、胸の高鳴りはしばらく収まらなかった。  日が暮れ始めた時、凪は寝れるところを探そうとした。誰かに声を掛けて自分を買ってもらおうかとも一瞬思ったが、やめた。  ひとまず人目に付かないように、駅から離れた方へ歩く。しばらく歩いていると、観光客向けの店は減り、住宅がぽつぽつと増え始めた。時々旅館やホテルも立ち並んでいる。やがて建物の前に小さな看板が出ているのが見えた。♨のマークがついている。  凪は足を止めた。 「温泉……」  凪は思わず口に出す。ここに来る前、流れていたCMを思い出す。気付けば凪はカラカラと引き戸を開けて中に入っていた。

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