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再会│ただいまの準備

 同じ部屋にそれぞれ布団を敷いて、一緒に寝る。電気を消して体を横にしたまま目を開けていると、隣で小さく「嵐さん」と呼ぶ声がした 「嵐さんは、どうしてここに来たんですか」  凪がふと零す。嵐は少し黙って、どう見ても理に合わないこの選択の理由を告げる。 「もう、会えないと思っていた」  凪の顔を、薄闇の中でじっと見る。それから嵐は続ける。絞り出した声は震えていた。 「想像したら息ができなくなって、怖かった」  そこまで言うと、凪の呼吸が震える。 「……隣、いいか」  凪はこくりと頷いた。凪の布団を捲って、そのあいだに嵐の身体を差し込む。しばらくくっついたままそうしていると、わずかに衣擦れの音がした。 「……前に、嵐さんが、時々こうしてくれましたよね」 「ああ」  嵐は思い出す。義父との関係の告白を聞いてから、嵐は時々凪を後ろから抱き締めて眠った。  凪がシーツをぎゅっと握って、それから打ち明ける。 「そういう日は、怖い夢、見なかったです」 「……は」  言葉のあとで、理解が追いつく。嵐は少し遅れて言う。 「……そうか」  それ以上は、うまく言えなかった。  しばらくして、嵐はぽつりと言葉を足す。 「今も、見ないか」  凪が小さく頷く。嵐は腕を引き寄せた。 「なんで、お前は俺の前からいなくなった」  嵐がそう尋ねる。「どうしてここへ来た」と問うよりも、逃げ場のない質問。凪は少し居心地悪そうにもぞもぞと身動ぎして、それから言った。 「元に戻さないと……返すべきだと、思ったからです」  嵐はその言葉に反応する。 「返さなくていい」  少し強めに言うと、凪がわずかに身動ぎする。 「でもおれは、嵐さんの……」  その先に続く言葉を、嵐は奪い取る。 「そばにいていい。――そばにいろ、凪」  初めてそう、言葉にした。 「……はい」  凪は嵐の腕の中で、震える声で言う。  嵐は黙って凪の腹に手を添えた。凪の腹の下で、胎動を感じる。思わず目を瞠る。 「……今」 「ええ、動きました」  凪が教えてくれる。嵐はふっと息を吐いた。もう一度抱き寄せ、凪の目を見て、笑った。  次の朝、目が覚めると凪がいなかった。  はっと体を起こす。視線だけで部屋を探す。既に起きていた凪が、すぐ隣にいた。嵐を見下ろしていた凪と、目線が合う。 「あの、おはようございます」 「……ああ。おはよう」  凪の声が、いつもより少しだけ近い気がした。  夏樹が呼びに来て、二人で朝食を食べに食堂に行く。湯気と味噌汁の匂いが、優しく広がっている。  ふと、嵐は女将を呼び止めた。少し分厚めの封筒を差し出す。 「こちらを」 「なんだいこれは」  凪がそのやり取りを見ている。女将は手に取ろうとさえしなかった。 「心付けです」 「いらないよ」 「そういうわけにはいきません」  そう言い切る。だが女将は小さく首を振った。 「やめな。この子たちのために使い。これからいろいろいるんだから」  嵐は言葉を飲み込む。それから封筒を引いた。 「……そうですか」  代わりに、嵐は名刺を置いた。ひょいと拾い上げた夏樹が言う。 「……アンタって社長なの?」 「いや。父が社長をしているだけだ」 「……てことは、社長の息子かよ! 御曹司じゃん!」 「えっ」  今度は凪が驚く番だった。視線が泳ぐ。落ち着かない様子で手元を触る。挙動が怪しくなっている凪に、嵐はまた余計なことを考えているのではないかと予想する。それを見て、嵐はやれやれと息をついた。 「だから、なんだ」  そう返す。夏樹が少し考えて、肩を竦めて笑った。 「別に。なぎっち、大事にしろよな」 「言われなくても」  ふと、夏樹が名刺を指でゆっくりとなぞる。 「……そういやさ」  好奇心の宿った目が、嵐を見る。 「前に俺のTikTakに何回もコメントしてた【Arashi】って……もしかしてあんた?」 「……そうだが」 「え、マジで? 荒らしじゃなくて?」 「違う」 「うわ普通に名前だったのかよ……」  夏樹は頭を抱えた。隣に座る凪が少しだけ肩を震わせている。  ……笑っている。凪が。  初めて見た。心に火が灯ったような心地になる。……もっと、見ていたい。そう思ったのもつかの間、凪と目が合う。たちまち凪は顔を赤くした。  朝食のあと、凪は手伝いに入ろうと申し出たが、女将にやんわりと断られていた。所在なさげに立ち尽くす凪を見て、嵐は「行くぞ」と声を掛けた。  嵐は夏樹の車を借りて、凪を乗せて教えてもらった病院まで向かう。  車内は静かだった。窓の外を流れる緑が、ゆっくりと目に入る。 「いい場所だな、ここは。静かで、緑も多い」 「はい」  助手席に座る凪の返事は短い。それでも、どこか柔らかい。  嵐はそれを聞いて、少し微笑んだ。  診察を受ける。名前を呼ばれて、凪が中に入ろうとする。嵐はいつものように外で待とうとしたが、凪は振り返って、嵐を見ていた。視線に気付いた嵐が、口を開く。 「……いいのか?」  嵐がそう訊くと、凪がわずかに頷いた。  二人で診察室に入る。モニターに映る影を見ながら、医者の話を二人で聞く。胎児の健康は問題なし。週数、三十四。ただやはり母体のコンディションはよくないとのことだった。嵐は一瞬だけ目を伏せた。 「東京に戻る場合、長距離移動は問題ありませんか」  嵐が聞くと、医者は答える。 「戻るなら早い方がいいです。これ以上の長時間の移動は負担がかかる」 「わかりました」  車で戻る途中、ふと嵐は凪に訊ねる。 「……病院には、行っていたのか」  隣で凪がこくりと頷く。嵐は「そうか」と返した。  それから、少し考えて嵐は再び口を開く。 「お前がここに居たいというなら、それでもいい。帰るなら、一緒に帰る」  凪はしばらく嵐を見ていた。なにか言いたげに唇が動く。やがて、それが言葉になる。 「……帰ります」  はっきりした、確かな声だった。膝の上で拳を握る凪を、嵐は横目で見ていた。

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