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再会│キスのその先
旅館に戻り、夕食を摂った嵐と凪は部屋で荷物をまとめる。衣擦れの音だけが、静かに続く。すぐにすることもなくなる。
「凪」
名前を呼んで、凪が顔を上げる。
「はい」
凪の双眸が嵐を見つめる。次になにを言いつけられるか、言葉を待っている。だが嵐が求めたのは違っていた。
唇を近付けると、凪が息を詰める。ほんのわずかに、熱を感じる。
やがて、凪がぎゅっと目を閉じる。
その時だった。
「なぎっち〜! 三人でトランプやんねぇ?」
そんな声が、突如部屋に入ってくる。凪がびくりと肩を震わせ、入口へと振り向く。遅れて嵐が顔を上げ、闖入者へと視線を向ける。夏樹は二人を見て固まっていた。
数秒。
「お邪魔しましたー」
察した夏樹は気まずそうに帰って行った。
凪は戸惑った顔のまま、嵐へと振り向く。困った様子の凪に、嵐はもう一度触れようと手を伸ばす。
「……いいか」
「はい」
改めて凪の首筋に手を添えると、凪の肩がわずかに上がる。
呼吸が近くなる。凪が息を止める。
嵐はそれを少しだけ見つめて――そのまま、距離がなくなる。
凪の唇は少し冷たくて、乾いていた。
「ん……」
表面をなぞるように、凪にそっと触れる。薄い唇と、睫毛がわずかに震えている。
しばらくそうしていると、引き結ばれていた唇が少しだけ緩む。わずかに開かれた隙間に促されるように、嵐はもう少しだけ近付こうとした。だがその瞬間、凪の身体がびくっと強ばる。
ㅤその気配に、嵐はそこで止まる。
恥じらいなどではない。凪のその表情と仕草を、嵐は知っている。
問題集を採点する時や間違えた箇所を指摘する時と、同じ顔だった。
怒られないよう、正解を探すような顔。ただ次に来るものを、待っている。
――凪の意思ではない。
そのまま、先に進めることもできた。だがその先は、凪が選んだものではなくなる。そう思った嵐は静かに唇を離した。閉じていた目を開けると、凪が狼狽えている。息を整えて、嵐を見上げる。
「……つ、続けてください」
「ダメだ」
そう言って、凪の首筋から手を離す。つかのま、今度は逆に掴まれた。手を視線で辿ると、凪が嵐を見つめている。そして縋るように言った。
「次は、上手くできます。だから――」
嵐は眉を寄せる。上手く、という言い方に違和感が残る。出来不出来の問題ではない。嵐は息をついて、手首を掴む細い指をそっと引き剥がした。
「それが、ダメだと言っている」
そう言うと、凪は唇をわずかに開けたまま、眉をハの字にして嵐を見た。やがて静かに俯く。
しばらく沈黙が続く。どちらも動かない。
「……いつ風呂に入れるか、聞いてくる」
それだけを言って、嵐は立ち上がる。凪は顔を上げなかった。
ㅤ廊下に出ると、夏樹がいた。少し離れた位置で、壁にもたれていた。彼は嵐を見て、びくりと肩を竦める。足元にトランプの箱が落ちている。
「……わり」
夏樹が先に言う。嵐は首を振った。
「いや。助かった」
「は?」
夏樹が顔を上げる。
嵐はそれ以上説明しなかった。
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