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体温│いつもの夜

 ◇ ◆ ◇  はっとして、凪は目を覚ました。  一瞬、どこにいるのかわからなかった。ぼやけた視界のまま瞬きをして、ゆっくりと焦点が合う。見慣れた天井に、見慣れた部屋。  嵐と一緒に帰ってきたのだと、遅れて思い出す。  身体を起こそうとして、少しだけ重さを感じた。キャラクターもののブランケットが掛けられている。眠ってしまう前はなかったはずのそれに、凪は一瞬だけ指を触れた。  キッチンの方からは、控えめな音が聞こえてきた。凪がそちらを見ると、嵐が立っていた。 「ありがとう、ございます」  思わず、そう言ってしまう。嵐は振り返らないまま、短く言った。 「別にいい」  それだけだった。  少しして、テーブルに食事が並ぶ。内容は簡単なものだった。温めたスープと、ご飯と、軽いおかず。 「食べろ」  凪は頷いて、席に座る。箸を持って、器を持つ。嵐の作る野菜スープは豪快に具材が切ってあって、大きかった。  凪はそれを口に運ぶ。温かくて、染みる。いつもの、嵐のご飯だった。  ふと、途中で手が止まる。もう一口だけ、と続ける。嵐の視線を静かに感じる。顔を上げると、嵐は最初から見ていない、という風に目を逸らした。 「……美味しいです」  凪はそう言ってスープを飲む。少しだけ迷って、それから続けた。 「……今度、オムライス、作りたいです」  嵐が顔を上げる。 「オムライス?」 「はい。由布院で、教えてもらったので」  それから少しだけ視線を下に向ける。 「……手伝ってくれたら、嬉しいです」  嵐はしばらく黙っていた。ややあって、「ああ」とだけ返す。  凪は小さく笑った。  気付けば、いつもより少しだけ多く食べていた。  食事が終わっても、会話はほとんどなかった。けれど、それでよかった。疲れているのは、自分だけではないと、わかっていたから。  そのあと、風呂に向かう。  脱衣所で服を脱ぎながら、ふと棚を見る。前に使った入浴剤が、まだそこにあった。凪はそっと手に取って、それを見つめる。少しずつ使うつもりで、いいことがあった日には使おうと思っていたら、追加でどんどん置かれて少し困ったのを覚えている。でも、今日は、使ってもいいと思った。  凪は小さなパッケージを開けた。飴玉を開ける時の感覚に少し似ていると思いながら、それをぽちゃん、とお湯に入れた。  部屋に戻ると、寝室には布団が敷かれていた。  ふとベッドを見る。膨らみに近付くと、嵐がベッドで横になって、目を閉じていた。普段セットしている前髪が降りていて、眉間の皺もない。いつも厳しそうな表情が、寝ている時だけは和らいでいた。 ㅤ静かな寝息が聞こえてくる。なにかしたいと思う。凪は少し悩んで、少しだけ毛布を整えた。いつも、嵐がしてくれるみたいに。  凪は大人しく自分の布団に入る。仰向けになって、天井を見る。いつもの天井だ。けれどすぐには眠れなくて、凪はもう一度、ベッドを見る。 ㅤ同じ部屋で寝ている。  その距離が、少しだけ不思議だった。 ㅤ息をする音が聞こえる。それを聞いていると、先程まで抱えていた不安が、少しずつ静まっていく。  瞼が、ゆっくりと落ちてくる。今度は、さっきよりも深く。  嵐の寝息を聞きながら、凪は眠りに落ちた。

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