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最終章 嵐と凪と│家族のかたち
休日の午後だった。
リビングには子供向け番組が流れていて、床には絵本や積み木が散らばっていた。その真ん中で、風香が楽しそうに体を揺らしている。
「あー!」
ふと、小さな指がぴんと伸びる。その先にいたのは嵐だった。
「ぱ!」
風香の声が弾けた。嵐は手にしていた新聞から顔を上げる。
部屋が静かになった気がした。
「ぱぱ!」
もう一度、今度ははっきりと聞こえた。
風香は嵐を指差して笑っている。凪は目を丸くした。
「い、今……」
「ああ」
嵐も珍しく少し驚いた顔をしている。風香がぺちぺちと手を叩く。凪が先日買ったヘアゴムで留めた、二つ結びの髪がぴょこぴょこ揺れる。
「ぱぱ!」
「……ああ、パパだ」
嵐は風香を抱き上げる。その仕草が自然すぎて、凪は驚きを隠せなかった。
いつの間にか、本当にそうなっていた。
風香にとって、嵐は父親なのだ。
血なんて関係ない。毎日お風呂に入れて、ご飯を食べさせて、寝かしつけて、泣けば飛んできてくれる人。
だから風香は迷わない。
一方で、凪の決意はゆっくりと固まっていく。
凪は風香を見つめながら、ぽつりと呟く。
「いつか……この子が大きくなったら、ちゃんと話そうと思うんです」
嵐が視線だけ向ける。凪は風香の髪を撫でた。
「なにをだ」
「本当の、お父さんのこと。……今はまだ小さいですけど、知る権利もありますし」
嵐が息を吸う音が聞こえた。風香は嵐に抱っこされてご機嫌だ。凪はその姿を見ながら続ける。
「その頃には俺も、もっと仕事覚えてると思います」
「……」
「風香と二人でも困らないように」
嵐はなにも言わなかった。ただ静かに風香を見ている。
凪は少し笑う。
「それに、この子が結婚とかする頃には、俺もちゃんと――」
そこで言葉が止まった。嵐が立ち上がったからだ。
「嵐さん?」
嵐は風香を抱いたままスマホを取り出し、そのままリビングを出ていく。
凪は首を傾げた。
しばらくすると、廊下の向こうから低い声が聞こえる。
「ああ、俺だ」
仕事だろうか。そう思った。
「頼んでいた件だ。今日で構わない。……ああ、そうか。いや、助かる」
それからしばらくして戻ってきた嵐は、いつも通りの顔をしていた。
「嵐さん?」
「出かけるぞ」
「え?」
凪は瞬きを繰り返す。
「今からですか」
「ああ」
「どこに……」
「会わせたい人がいる」
凪はぽかんとした。意味がわからない。
「誰ですか」
「来ればわかる」
嵐は風香を抱き直す。
「準備しろ」
「え、でも」
「凪」
低い声だった。それ以上の質問を許さない声に、凪は思わず口を閉じる。
「……はい」
返事をしながらも首を傾げた。
……なぜだろう。少しだけ、機嫌が悪そうに見えた。
嵐に連れて来られたのは、駅前のホテルのラウンジだった。
凪は落ち着かないまま椅子へ座る。テーブルの向こうには、まだ誰もいない。
「……誰、ですか」
小声で尋ねると、嵐はコーヒーを一口飲んだ。
「来ればわかる」
相変わらず説明になっていない。凪は膝の上で指を組む。風香はベビーカーの中で足をぶらぶらさせていた。
その時だった。
「お待たせ」
聞き覚えのある声がした。凪は反射的に顔を上げる。やってきた人物を見て、目を見開いた。
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