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最終章 嵐と凪と│✦︎愛されること

「嵐さん……」  凪は布団の上に横になり、足を広げる。嵐が手早くスキンをつけ、体勢を整える。 「痛かったら、言え」 「……はい」  長い目配せののち、やがて凪の中に嵐が入ってくる。出産前に抱かれた時の記憶よりも大きくて、熱い。もしかしてあの時、嵐は気を遣ってくれていたのだろうか。  一瞬だけ気になって、でも自分だけが興奮してるわけではないことを知って、どこかほっとする。嵐は凪の体に馴染むのを待って、それからやっと動き出した。 「あっ……」  声が出る。堰を切ったように、声が漏れだしてしまう。思わず手の甲で自身の口を塞ぐと、嵐の動きが止まった。 「どうした」 「声、恥ずかしくて」  途切れがちな声でそう言うと、嵐が眉を寄せる。 「変じゃ、ないですか」 「変じゃない」 「聞きたい、ですか」  嵐は少し待って、それからふっと息を吐く。 「無理に聞かせなくていい」  嵐はそう言った。拒絶ではない。やわらかく息を混ぜたその声に、凪は力を抜く。変じゃないと嵐が言うなら、取り繕わなくていいかもしれない。そう思って、凪は手をゆっくり外した。  嵐に奥を突かれると、それだけで甘い声が出る。相手の反応を見るためでも、喜ばせるためでもないのに、自然に出てしまうその声を恥ずかしいと思うけれど、嵐に聞いて欲しい。  大切な人に、想いを伝えたい。  こんな気持ちになるのは、初めてだった。 「嵐さん……嵐さん、もっと……」  嬌声の合間にそんな言葉が溢れたかと思うと、ふとぽろりと涙が零れた。嵐はすぐに動きを止め、凪の顔を覗き込む。 「……痛かったか」 「いいえ」  涙ながらにそう言うと、嵐が一瞬固まる。 「自分でも、わからなくて。……でも、嫌じゃないです」  嵐は「そうか」と柔らかく笑った。そして凪の目元を濡らす涙を拭ってくれる。  涙で滲む視界の中で嵐を見上げると、心做しか、嵐の目元もわずかに濡れている気がした。  嵐の頬に手を当てる。誰に抱かれているのか、ちゃんと見る。  ふと嵐の顔が近付いて、そっとキスをしてくれた。 「凪」  優しい声で名前を呼ばれながら、凪の意識は嵐がくれる快楽に身を委ねる。少しずつ動きが早くなっていって、次第に嵐の息遣いも乱れていく。 「嵐さん……あっ、あ、おれ、もう、…っ」  息を詰めた嵐がすかさず答える。 「ああ。凪、行くぞ……っ!」  掠れた、でもはっきりした声に胸が詰まる。ゆっくり、それでも力強く送られる律動に、凪は嵐の手をぎゅっと握った。 「あっ、あ、はぁっ、ぁんっ、あらし、さん、あ……!」  とめどなく溢れる声に、気のせいか中にいる嵐がますます熱くなる。 「あ――」  やがて、凪の中に嵐の熱が放たれる。遅れて腹の底に熱さを感じた瞬間、凪の頭の奥も真っ白になった。  最後の瞬間まで、嵐は凪の手を離さなかった。  嵐の体から力が抜ける。抱き寄せられて、反射的に抱き締める。縋るのではなく、嵐を守るように。  こうして誰かに触れられているのに、怖くなかった。  嵐の胸に頬を寄せたまま目を閉じると、静かな鼓動が聞こえてくる。手はずっと離れないままで、優しく名前を呼ばれる。  どうしてこんなに大事にしてくれるのか、ずっと不思議だった。  その時ふと、胸の奥で言葉が生まれた。  ああ。  俺は、愛されているんだ。  凪の心の奥の、やわらかいところが震える。  しばらくして、ぽつりと口を開いた。 「……嵐さん」 「ああ」 「ひとつ、聞いてもいいですか」  嵐の手が髪を撫でる。 「なんだ」  凪は少し迷った。今さらかもしれない。もう指輪もあって、風香もいて、こうして抱き締められているのに。それでも知りたかった。 「なんで、俺だったんですか」  嵐の手に、自分の手を重ねる。 「俺……まだ、自信、そんなになくて」  沈黙が続く。凪は待つ。しばらくして、嵐は口を開く。 「最初は警察に任せるのも、行政に任せるのも、考えた。だが――いつからだろうな。ただいまを言うのが、当たり前になった」  嵐は続ける。 「お前は、優しかった。自分より他人を優先する。馬鹿みたいにな。自分の誕生日もわからなかった子が、俺の誕生日を祝おうとした。……気付いたら、お前に笑っていて欲しいと思っていた」 「え……」 「お前がいなくなった時、眠れなかった。仕事も、ろくに手につかなかった。あんなのは、初めてだった。……最後だと思いたいがな」  そんなこと、言われたことなかった。  今まで誰も、凪がいなくなっても気にする人間なんていなかった。嵐の口から聞けたその言葉に、凪は胸に込み上げるものを感じた。 「……お前は」  代わりに尋ね返される。凪は少し間を開けて答える。 「……俺、初めて、生きてていいんだって、思って。そうするうちに……いつか、嵐さんの隣に立ちたいと、そう思うようになりました」  言ってて恥ずかしくなる。上手く言えなくて、ちゃんと伝わるかどうかも怪しい。けれど凪は口にする。そうすると、隣の嵐がふっと笑った。 「もう立ってるだろ」  その一言が、すっと胸に深く沈んだ。  ずっと隣に立てる日を夢見ていたのに。嵐にとっては、もうとっくにそうだったらしい。  なんだか泣きたいような、笑いたいような気持ちになる。  凪はその手を、静かに握り返した。

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