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十七、黒鴉

 この地は遥か昔から穢れに蝕まれている。それを解消するために山神という存在を置き、(つがい)として選ばれたひとの子は、花嫁として山神の穢れを浄化する役目を担う。  その仕組みを作り上げたのは土地神である水月(みなづき)。山神が代替わりをする度に、それに見合う番となる、強いチカラを持った赤子を選んで印をつけた。  それは決まって山の周辺にある村の赤子が選ばれ、その信仰は気付けば人々の中に根付いていた。そこは神と名のつく者が成せる所業であり、細かい掟もまた同様だ。  親以外はその顔を見てはならない。  触れてはならない。  声を聞いてはならない。  成人となる十五歳の誕生日に、花嫁として捧げられるまで。番となった子どもは清浄なその身を穢すことなく過ごさなければならない。  しかしそもそもの元凶である穢れはどこから生まれているのか。鴉天狗として土地神に仕える黒鴉(くろあ)は、その主の命令で、暇を見つけてはこの地を探索していた。特に期間は設けられておらず、なにか手がかりがあれば報告して欲しいということだ。  その背にある翼と同じ、青みを帯びた黒い濡羽色の長めの短髪。見た目はひとでいえば十代後半くらいの明るい雰囲気の青年で、切長の眼は薄紫色をしており、鴉天狗というだけあって山伏のような格好をしていた。  鴉として生まれた黒鴉は、なんの縁か土地神である水月に気に入られて神格化した後、おつかいを頼まれれば有無を言わずに動くという小間使いのような扱いをされていた。  本人は暇潰しとしてやっているが、お願いされたおつかいに見合ったご褒美も貰えたので特に文句も言わずに動いていた。そんな中、新しい山神として神狐の銀花(ぎんか)が選ばれた。  前の山神は百年ほどだったが、今回はどのくらいもつか。花嫁次第といってしまえばそれまでなのだが、やはりひとの子にあの役目は重すぎるのだ。 (ふーん。今回の花嫁は男か。銀花が惚れ込んでいると聞いていたけど、まあ、良くも悪くも普通の子だな)  見た目は確かに可愛らしい。ひとの子では珍しい色の髪の毛をしていて、今までの花嫁と違ってよく笑っている気がする。銀花は番の花嫁を溺愛しているようだ。 (けど、今までの花嫁同様、真の番となり穢れを浄化するようになれば、翳りが生まれ始めて、やがて心を病んでいくのだろうな)  今はあんな風に笑っていても、遅かれ早かれ変わってしまうだろう。悲惨な最期を迎えた花嫁を、もう何人も見てきた。これは黒鴉が土地神の使いになる前から続いていることだ。その要因である穢れの元凶を探るというのは、途方もないことで。 (俺には水月様の加護があるから、多少の穢れなら問題ないが。この地に住む人間や動物たちには毒でしかないからな)  そんな穢れという名の猛毒をその身に宿し、山神となることを受け入れた銀花の想いは黒鴉には理解できなかった。そもそもこの地に銀花以外に適任者がいないこともあり、断れないという理由もあったのかもしれない。いずれにせよ、山神がいない期間があってはならないと水月も考えていたはずだ。 「今回の花嫁は、番として申し分ない逸材かもね。私は気に入ったよ」 「水月様がそんなこと言ってるのはじめてじゃない? 遠目だと普通の子に見えたけど、そこまで言うなら俺もちょっかい出しに行ってこようかな」 「反応が面白いからって、あんまりイジメちゃダメだよ?」  大人しそうな印象だったが、そう言われるとやはり気になる。 「ところで、例の件はどう? なにか進展はあったかな?」 「まあ、いくつか気になる場所は見つけてるんだけど、どれもハズレでさ……今夜もその内のひとつに行ってみようと思ってる」  穢れの元凶となる場所。穢れが生まれ続けるその場所は、決まって陰鬱な場所なのだ。足を運ぶのも嫌になるような、そんな場所ばかり。 「もし見つけても、手は出さないようにね」 「時と場合によるかもだけど、まあ一応、忠告は聞いとく」  臨機応変に動くのが黒鴉の性分だったが、興味を惹かれたら動きも変わるだろう。水月の心配をよそに、黒鴉は約束はできないと軽く流した。 「水月様は心当たりないわけ? 土地神なんだから、この地のことならなんでもわかりそうなもんだけど。そもそも穢れが生まれたのって、いつから? きっかけとかなかったの?」 「明確にはわからないけれど、五百年以上は前かもね。私がこの地に降りる前から、穢れは存在していたと考えるのが妥当かも」  水月はこの地にひとが住むようになってからやってきた神だった。ひとが信仰することによって土地神は力を得る。故に、ひとが増えればその分自身の力が強くなるのだ。信仰される見返りに土地を守護し、ひとを守護し、森を山をそこに棲む生き物を守護する。  土地神との話を終えると、黒鴉は一瞬にして青年の姿から鴉へと姿を変え、冷たい空気でよく晴れた青い空へと飛び立った。

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