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十八、醜く美しきもの

 本来、呪術として用いられる蠱毒。動物だったり虫だったり、やり方は何通りか存在するが、黒鴉(くろあ)が見つけたのはその中でも蛭を使った蠱毒の穴だった。しかも人工的なものではなく、自然にできたものとしか思えないそれの中で、己が身を与え続ける贄を見つけた。  ひとではない。獣でもない。蟲でもない。虚な目で遠く先にある岩の天井を見つめている屍人(しびと)。十歳程度の人間の子どもの姿をしたその子は、臓腑を引き摺り出されようが啄まれようがなんでもない顔をして、そこに仰向けの状態でいる。穴の中から聞こえてくるのは、蟲が蠢く音と、血を啜る音と、耳にいつまでも残るような咀嚼音。 (蛭か? もはやバケモノの巣と化してるけど、)  その身体は穴の中に棲む無数の蟲たちに喰われては再生し、再生しては喰われを繰り返しており、見ていて気持ちの良いものではなかった。鴉が動物の亡骸を啄むのと同じ。蟲たちは贄という名の捧げ物を喰らって肥え続ける。この中にいるのは蛭の姿をした悪神だろう。血肉を貪り異様に肥えた蛭は、大小様々だった。 (酷い瘴気。穢れが生まれるのも納得だな)  まるで這いずり回る無数の蛭に犯されているようで、気分が悪くなる。すべてを諦めているかのようなその眼。紅玉色の左眼。長い黒髪で隠れた右の顔半分。これはいったいどういう意図でここに存在しているのか。 「なあ、その状態で生きてるんだよな?」  視線だけが一瞬重なる。  何度見ても気色悪い光景だった。 「いつからここにいるんだ?」  唯一の視界が拒絶するかのように閉じられる。  無気力で微動だにしない四肢。  くちゃくちゃねちゃねちゃ。  蠢く蛭はまるで順番が待てないとでもいうように、強いモノが群がり寄って集ってその血肉を啜っていく。その度に穢れが生まれ、穴から外へと出て行った。つまり、この場所こそが穢れの元凶なのだと、黒鴉は悟る。  どうしたものか、と穴を見下ろしながら考える。 (贄っぽいあの子がいなくなれば、少なくともここから穢れが生まれることはなくなるんじゃないか? けど、あの子自身が穢れだった場合は?)  この穴から救い出したとしても、あの状態ではただの"歩く呪物"と化しそうだ。無視されるのは別にいいのだが、本人の意思を知りたい。  ここから出る気はあるのか、ないのか。  ずっとそのままでいいのか。  これはただのお節介なのか。 (ってか結局、俺がどうしたいのか、か)  頭を無造作に掻き、数日通って考えた結果を自分の中で出す。そして行動した。意外と抵抗はされず、されるがままだった屍人。その子は、自身を蛭子(ヒルコ)だという。  女でも男でもないその子は、右側の顔が髪の毛で隠れていたり、両手両足が隠れるくらいの袖や裾の長い黒衣を纏い、いかにも『生まれながらの邪悪です』という雰囲気を醸し出していたが、顔はわりと可愛げがあった。  ずるずると長い裾を引きずりながら歩く様は、大人の着物をふざけて纏った子どもみたいで。黒鴉はちょっと面白いと思ってしまった。腰より長い黒髪は不揃いで、今まで一度も切ったことがないのだろう。とにかく上から下まで整えてやりたいという気持ちが湧いてくる。 「なあ、俺んち来る? どうせ行くとこないだろ? 水月様にも報告しなきゃだし、あの穴どうするかも相談したいし?」  当てもなく無言で歩き続ける蛭子の後をついて回る黒鴉だったが、ここはだいぶ雪深いせいもあり、ただでさえ小さいのにすでに腰のあたりまで埋まってしまっていることを心配しての提案でもあった。 「……ボクはひとりがいい。お前みたいにうるさい奴はキライだ」 「そっか。じゃあ静かにするから一緒に帰ろ?」  黒鴉には蛭子の拒絶はまったく通じず、ああ言えばこう言うは彼の特技のひとつである。他人の意見は関係なく、我を通す。それに対して特に悪気もないため、今までも相手側が先に折れてしまうことがほとんどだった。 「この先は人里に続いてる。ひとりがいいのに、ひとがいっぱいいる所に行きたいの?」  正直、この"歩く呪物"を人里には連れて行きたくはない。今のところは黒鴉には影響がない程度の穢れだが、いつ致死量を超えてしまうかは予測できない。蛭子自身が抑制できるのかもわからない今、自分の領域に連れ帰るのが最適解だろう。 「俺んとこおいでよ。それなりに快適に過ごせるようにしてるし、蛭子も綺麗にしたいし」 「誰も行くなんて言っていない……」 「どうせ行くことになるんだから、いいじゃん」  面倒なのでひょいと抱き上げ、問答無用で翼を広げて地面から一気に離れる。そうなればもう抵抗も虚しく、蛭子はすぐに諦めて眼下に広がる山の木々を見つめていた。冷たい風は生白い肌をより白くし、ちらりと見えた顔の右半分は想像以上に黒鴉を喜ばせた。 (もしかしてそこだけ上手く再生できないのかな? それとも最初からそうだったのかな?)  隠れていたのは、毒にでも侵されたかのような赤紫色の皮膚。顔の右側半分。額から頬にかけて広がる痣。生白い肌を染めるそれは、黒鴉にとって興味以外ない。綺麗と醜いを併せ持つ蛭子は、最初に見た時から黒鴉を虜にした。  はみ出た腸も、蛭に蝕まれ続ける姿も、飛び散った血肉もぜんぶ、美しかった。  蛭は超絶気色悪かったが。 (水月様には蛭子のことは内緒にしとこ。なにかあったら、その時考えればいいや)  とりあえず、あの穴のことは報告するとして。  蛭子のことはどうせいつかわかることだろうが、とりあえず一旦保留ということで……。 「ほら、ここが俺んちだよ」 「……家、どこ?」  領域内に降り立ち、目の前の光景をその視界に映すなり、蛭子は左眼を細めて思ったままの感想をぼそりと呟いた。

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