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十九、鴉の社

 蛭子(ヒルコ)は薄い表情のまま思ったことを呟いたわけだが、黒鴉は「なになに?」と腰を屈めて無邪気に顔を覗き込んできた。先ほどこの目の前の鴉は「それなりに快適に過ごせる」などと言っていた気がするが、それは彼の主観だったのだろう。 「入り口はここ。あ、あんまり触らない方がいいかも。崩れてきちゃうからね」 (…………元いたところと変わらない気がする)  手を引かれ、連れて行かれる。蛭子は意思のない人形の如く、黒鴉に促されるまま足を動かす。彼が入り口と言った場所は、塵の山の中にできた洞穴のようだ。そう、彼の社は社と呼ぶにはすでに程遠い状態なのだが、これを自分の家であり社だというのなら、まあそうなのだろう。  中に入れば確かにちゃんと建物として存在しており、外だけが異様なのだと知る。表のあれはどのくらいの年月をかけてああなったのかは不明だが、社の中にまで侵食し始めているようだ。 「あれは俺が水月様からもらったご褒美の山で、意外と貴重なものもあったりするんだけど。置く場所がないから段々と積み上がっていって、あんなことになったんだよね」  物の価値などよくわからない蛭子にとっては、ただのガラクタの山にしか思えなかったが、どうやら彼にとっても特に大切にするほどでもないモノらしい。壺やら玉やら巻物やら装飾品やら貴重そうなものから、ただの布や石ころや蝉の抜け殻まで。社の表には山というか門というか壁のように、様々な物が乱雑に積み上げたままになっていた。  黒鴉は『ご褒美』と言っていたので、それだけ頼まれた依頼をこなしたのだという結果でもある。場所によってはそのご褒美の山が影を作っているせいもあって、光がほとんど入ってこない部屋もあるくらいだ。  一部崩れた場所から社の中に(なだ)れ込んでいる部分もあり、時折それらを避けて歩くということが発生する。ひょいと黒鴉は軽い身のこなしでそれをやっているが、蛭子の歩幅ではひと苦労だった。  ふたり並ぶと大人と子どもくらいの差があり、蛭子は黒鴉の胸の下あたりくらいまでしかない。しかも長い衣を引き摺りながら歩いているので、なかなか苦でもあった。 「……ここ、歩きづらいし、いちいち避けるの面倒なんだけど」 「確かにな〜。途中から片付けるのも面倒になって放置した結果がこれだからなぁ。抱っこして歩いた方がいい?」 「…………なんでそうなる」 「俺が抱っこしたいから?」  黒鴉はにっと笑って首を傾げた。変な奴、という印象しかない黒鴉の行動は、蛭の姿をした悪神に臓物を喰われ続け、腸がはみ出ていた状態の蛭子をあの穴から連れ出した時からわかっていたつもりだったが……。 「なんかこう、かまいたくなるというか。世話したくなるというか。まあ、そういう性分だからしょうがなくね? 俺、自分がしたいと思うことしかしないし、したいと思ったらとりあえず行動すると決めてるんだよね」  蛭子がうんともいやとも言う間もなく、ひょいと片腕で抱えるように持ち上げ、黒鴉はすたすたと廊下を歩き出す。だらんと四肢を垂らしたまま無抵抗な状態で運ばれている蛭子は、感情は無に近かった。なぜ、どうして。黒鴉に対してなにかを思うわけでもない。  蛭子の中にはなにもない。あの穴の中でもそうだったように。自分の中になにもないせいで、考えるということを止めてしまっているフシがあった。 (……ただ喰われるためだけに存在していた贄なのに。これからなにをしたらいいんだろう。黒鴉はボクをどうしたいんだ? わからない)  生まれた時にはすでにあの状態だった。記憶。たくさんの記憶が混じり合っている。あの穴に落とされたモノたちの肉塊から生まれた存在。はじまりはいつのことか。遠い昔、今の姿となった時に誰かが呟いた声。名前を呼ばれた気がした。あれは誰だったのだろう。  子どもの声が止まない。  ずっと、耳の奥で聞こえてくる声は、悲痛な声ばかり。あの穴に放り込まれた子どもたちの止まない心の叫び。悲しみ。苦しみ。  定期的に穴に落ちてくる子どもたち。捨てられた小さな身体は時間をかけて腐っていき、やがて朽ちていく。自分が死んだこともわかっていない幼い無垢な魂が集まり、黒く染まっていく。  そうやって繰り返された結果、あの蠢く者たちが生まれ、何匹、何十匹と増えていった。屍人と化した魂の集合体は、やがて贄として無限に喰われ続けることになる。なぜそのようなモノとして生まれたのかもわからない。 (……ボクは、誰に名を呼ばれたんだっけ?)  どうして自分の名を知っていたのか。  生まれた時に、傍に誰かいたのだろうか。  それとも、たくさんいた中の誰かの名前なのか。 「よし、完璧! どう? やっぱり俺の思った通り、磨けば光る逸材だったね」  そんなことを考えながらぼんやりとしていたら、いつの間にかその身を綺麗に整えられており、気付けば鏡の前に座っていた。

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