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二十一、悪友
「銀花 様、見てください! あそこに大きな鳥さんがいます!」
楪 は膝のあたりまで積もった雪の中、高い木の枝に留まっていた一羽の鴉を指差してそう言った。瑠璃色の鴉は自分が指をさされていると気付いたのか、枝に留まったままバサリと翼を広げて自身を主張しているように思えた。
「なんだかあの鳥さん、こちらに手を振っているように見えます」
「ああ……あれは無視していい」
銀花はにっこりと笑って、楪の視界を塞ぐように立った。
「銀花様?」
「楪、その格好では寒くはないか? よかったらこれをもらって欲しい」
水月 に貰った小紋が入った白練の着物の上に白い帯をし、その上に紅梅色の少し厚手の羽織を羽織った格好の楪の首にそっと巻いてやったそれは、銀花がいつも身につけている白い動物の毛でできた襟巻きに似ていた。
少し長めの銀花のそれよりは短く、ちょうど首周りに収まるくらいの長さの襟巻きで、楪はその肌触りの良いふわふわさが気に入ったのか、何度も触れては嬉しそうに笑みを浮かべた。
「銀花様、とってもあたたかいです。それに、なんだか守られているみたいで安心します」
「その襟巻きは、俺の本来の姿である神狐の毛を使って編んだものだから、ある程度なら穢れも寄せ付けないだろう。気に入ってもらえたなら、嬉しい」
「え? これは、銀花様が作られたのですか?」
銀花が自分の髪の毛を編んで作っている姿を想像して、楪は「?」と首を傾げる。神狐の姿がいまいち想像できないせいか、おそらく間違ったものを思い浮かべている楪の頭を撫でて、銀花は困ったように表情を曇らせる。
「神狐の姿はあまり見られたくはないんだ。大きくて恐ろしいと思われてしまうかもしれないし、なによりもその姿を見た楪に嫌われたくないからな」
「そんな……私は、銀花様がどんなお姿になろうとも嫌いになんてなりません」
ふたりはあの後、初夜の儀式の残りの二晩をなんとか完遂した。楪の身体には銀花の神気が流れており、人間が生きるために必要な『食』を必要としない身体になった。
食べられないというわけではなく、あくまでも食べなくても良い身体になったということらしい。その身もこれ以降老いることはなくなり、銀花が生きている限りは同じ時間を生きられるのだという。
危惧していた感情の欠落は今のところは見つからず、どちらかといえば前よりも銀花の傍にいたいと思うようになった。この気持ちはいったいなんなのだろうか。触れられると胸のあたりが締め付けられるように、なんだか落ち着かなくなるのだ。
(あれから十日経ったけれど……私はまだ、真の番として銀花様のお役には立てていない。なにが足りないのだろう? 身も心も、とはどういう?)
銀花が最初の日に言ったあの言葉。その意味を、楪はまだ理解できないでいた。そんな中、バサリという大きな音が頭上で聞こえ、思わず空を見上げる。そこには先ほどまで枝に留まっていたはずの鴉が旋回しており、ひらりと落ちてきた数枚の羽根が楪の視界を遮ったその瞬間。ふたりの前に現れたのは、端正な顔立ちの短髪の青年だった。
青みを帯びた黒い濡羽色の長めの短髪。薄紫色の切長の瞳が特徴的で、白衣の上に鈴懸と呼ばれる黒い上衣に赤い結袈裟、黒い袴という山伏のような格好をした青年は、ふたりのちょうど真ん中に立ち、にっと口の端を上げた。
「君が銀花の花嫁? ふーん。近くで見てもやっぱりふつーだね」
「絡むな。近づくな。見るな。消え失せろ」
「せっかくお祝いしに来てあげたのに、相変わらず俺の扱いがひどいっ」
青年は子どもっぽく頬を膨らませて、終始ふざけた態度で銀花をイラつかせた。
「必要ない。さっさと自分の領域に帰れ」
「まあ、そんなこと言わずに付き合ってよ。穢れの元凶について水月様から聞いてるだろ? そっちの話がしたいってのが本来の目的なんだ」
初対面とは思えないふたりのやり取りに対してひとりぽかんとしていた楪だったが、目の前の者に言われたことを特に気にしている様子もなく、ただ不思議そうに銀花を見上げてきた。銀花は青年を一瞥して背を向け、楪の手を引いて少し離れた場所に連れて行く。
「あれは黒鴉 といって、水月様の下で働く鴉天狗だ。あれとは俺が神狐になる前からの知り合いで、悪友というかなんというか。込み入った話になりそうだから、終わるまで少しだけここで待っていてくれるか?」
「はい、大丈夫です。あの方は銀花様のお友だちなんですね。いつもとは違う雰囲気の銀花様が見られて嬉しいです」
ふふ、と楪は口元に手を当てて小さく笑った。
「……少しの間、ひとりにしてしまうが、」
「私、ひとり遊びは得意ですから。お気になさらずに、ゆっくりお話ししてください」
嫌味などではなく気を遣って自然にこぼれたのだろうその言葉に、銀花はなんだか切なさを覚えたがあまり気にしても仕方ないと思い、襟巻きをそっと直しながら「ありがとう」と頷いた。
昼下がり。少しだけ曇り始めた空は、今にも雪が降り出しそうで。
さっさと終わらせて社に帰ろうと決意し、少しの間でも離れ難い気持ちを胸の奥に引っ込めて楪に背を向けた銀花は、腰に手を当ててだらしなく立っている黒鴉を視界に映した。
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