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三十六、教えて水月さま

 自室に戻り床に座って水月(みなづき)と向かい合う。ふたりだけで話すのはなんだか緊張する。土地神である水月。この地を守ってくれている神様。そんな尊い存在である目の前の神様だが、どこまでも神らしくないところが親しみさえあった。 「ユズちゃん、大丈夫かい?」  心配そうに水月に訊ねられ、楪は少し俯いてしまう。頭の中はずっとぐるぐるしている。相談したいのは胸の内に渦巻く不安や焦り。銀花(ぎんか)には聞かれたくない、自分の弱さ。言葉にしてしまえばもっと沈んでしまいそうで。蛭子(ヒルコ)が言うようにこちらから銀花に望んだなら、解決するのだろうか。 「水月様、私はどうしたら銀花様の真の番になれるのでしょう? 銀花様のいう身も心もというのは、なにか基準があるのでしょうか?」  真剣な眼差しで訴えるように訊いてくる楪に、水月はいつものように茶化したりすることはせず、そっとその生白い右手を両手で包むように触れて慈悲深く微笑んだ。 「真の番になるのにそんなものは、必要ない。山神と花嫁。本来、そこにお互いの感情など必要としないんだ。山神は花嫁と交わることで身に宿した穢れを浄化してもらい、花嫁は求められるままにその身を捧げればいい」  つまり、そこに恋愛感情もなにも必要ない。義務として行われる行為。それをしなければ山神はやがて穢れに蝕まれ、毒に侵され最悪死にいたる。そうなれば、強制的に代替りをしなければならなくなるだろう。初夜の儀式で神気を共有した山神が死ねば、花嫁も死ぬ。  そんな状況下で、ただのひとである花嫁が狂わないわけはない。愛し愛される相思相愛の関係だったならばそれも違うのだろうが。所詮は獣とひとの子。本来、交わることのない者たちだ。義務として交わると思う方がまだ気が楽だろう。お互いに生きるために必要な行為だと思い込むことで、今までの花嫁たちは耐えてきたはずだ。 「けれども、銀花はそれを良しとしていないようだね。なんでかわかるかい?」 「……なぜ、ですか?」  己が身を、この地を、山を守るためなら、そちらを優先すべきなのに。どうして銀花は自分を遠ざけるのか。  あの時。  白い椿を髪の毛に飾ってくれた時。楪は本当に心があたたかくなった。光。自分にとっての希望を銀花が与えてくれていたことに感謝すると同時に、銀花のためになにかしたいと思った。  しかし初夜の儀式の三晩を終えた後から、銀花はあまり楪に触れなくなった。そんな中、あの出来事が起きて。穢れをその身に入れるということがどんなに辛いことかを知った。  あんなモノを十五年以上溜め込んでいる銀花の身体は、本当に大丈夫なのだろうか? 「君が大切だからだよ。なによりも。自分が穢れに蝕まれ苦しむよりも、君が自分のせいで悲しい思いをしないかどうかが心配なのさ」 「……私は、私のことなどよりもご自身のことを大切にして欲しいです」 「うん、そうだよね。でもそうじゃないんだよ。君はあの子にとって、運命の番。愛すべき存在。君は、あの子がどんな姿になってもきっと怯えることはないんだろうけど。あの子はそれを怖がってる。君は、真の番になることがなにを意味するか、理解している?」  本当の意味で理解しているかと問われれば、正直なところわかっていない。真の番になれば銀花の役に立てる。その程度の考えしか持っていないのだ。 「真の番になれば、山神の花嫁としての役目を果たせる。だが同時に、ひととして在るためのなにかを失っていくんだ。皆が皆というわけではないが、君がそうならないとも限らない。だからこそ、銀花は信じているのさ。迷信のようななんの確証もない可能性のひとつを」 「……失う? 神気を共有する時も、確か似たようなお話を聞いた気がします」  感情が欠落するかもしれない、と。運が良かったのか、楪はそうはならなかったようだが、自分で気付いていないだけなのかもしれない。感情のどの部分がなくなっても、はじめからあったのかさえよくわかっていないのだから。 「前の花嫁もそうだったけど、あの子たちはだんだんと人形のように従順になっていった。求められればその身を差し出し、求められなければそれ以外は静かに過ごす。笑うこともなく、ただぼんやりと時を過ごしていた。そうやって、短い者は数年、長い者は百年ほど花嫁として生き、最期は……、」  水月は歴代の花嫁を思い出しているのか、なんだか寂しそうだった。それ以上言葉を紡ぐのを止め、楪はただ静かに待つことしかできない。以前、前の花嫁がどうなったのかと訊ねたことがあった。その時も答えは返ってこなかった。 「ユズちゃんにはそうなって欲しくないんだ。だから、あの子は……いや、答えは君が見つけるしかない。君がどうしたいか、どうなりたいか。それが一番大切だよ。あまり時間はない。それだけは確か。あの子は本来儀式でやるべきことをしなかった。故に、その身はもういつどうなるかわからない」 「そんな……、私、前に銀花様が大好きですとお伝えしました。銀花様も同じ気持ちだと言ってくれました。それではだめなのですか?」 「え? そうなの?」  はい、と楪は大きく頷く。水月は思わぬ告白に、思考が追いつかない。今の語りはふたりの関係がまったく発展していないと思って真面目に語ったつもりだったのに、そうなると話が変わってくる。 「それとも、好き以上になにか足りないものがあるのでしょうか? 好きでも大好きでもなくて、あとはどうしたら銀花様に花嫁として認められるのでしょう?」 「あ……、うん、ええっと……、ちょっと待ってね、今考えてるから」  はい、と期待の眼差しで楪がじっとこちらを見つめてくる。 (銀花、君って子は……慎重な上に鈍感すぎる。こんなのどう考えても相思相愛じゃないか。本人たちが気付いていないというか、自覚していないだけ。私はてっきりユズちゃんが天然すぎて進展しないのだとばかり……)  問題はどうやらあちらの方にあるようだ。 「今のぜんぶなし! ユズちゃんは、ユズちゃんのままでいいよ。逆に、これ以上余計なことで悩まなくていい。君はまっすぐにあの子を想っていればそれで大丈夫!」 「え? は、はい? わかり、ました……」  よし、と水月は楪の肩に手を置き、そう言い切った。戸惑う楪を置いてきぼりにしたまま、最大の問題を解決すベく、水月はすっと立ち上がり颯爽と去るのだった。

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