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三十七、危険な賭け
数日後、銀花 は水月 と黒鴉 と共にとある洞穴の前にいた。楪 と蛭子 はそれぞれの領域内でお留守番。今回は銀花にこの場所を共有するために集まっただけだった。
「ここだよ。一時的に岩で封鎖して結界を施したけど……正直、いつまで持つか約束できないくらい穢れがどんどん溜まっていっているね」
「思ってたよりだいぶ早いかも。結界が逆効果になってない?」
塞いだはずの洞穴から穢れが今にも飛び出してきそうなほど、この中で増幅されている気がする。銀花はいくつもの岩で閉ざされた歪な入り口の隙間から感じるその禍々しさに、当てられそうになる。
「一度結界を解こう。確かにこのままにしていたら、結界が耐えられなくなって一気に穢れが放出されてしまう可能性もあるしね。ふたりとも、少し離れているといい」
「いや、駄目でしょ。結界を解いた瞬間、さっき言ったことと同じことが起こる。短期間でこんなに溜まるなんて思ってもみなかったし。なにより、水月様を守らないと」
「黒鴉の言う通りです。水月様が結界を解いた瞬間、出てきた穢れの対処が遅れるでしょうから。俺があなたの横で待機し、出てきた穢れをこの身に宿します」
それは危険すぎる、と水月は止めるが銀花は動く気がないようだ。黒鴉も多少であれば壁くらいにはなれるだろうが、水月の加護があったとしても無事ではいられないだろう。
「いいかい? 君はまだ穢れを浄化してもらっていないんだよ? この量の穢れが身体の中に入ったら、許容量を超えてしまってもおかしくない。そうなれば、いくら山神のチカラをもってしても穢れに呑まれてしまうだろう」
「しかし、それ以外方法はないということも事実」
それはそう、と黒鴉は肩を竦める。雪がはらはらと降り始め、あたりが薄暗くなってきた。この洞穴の異様な雰囲気は、なにか不吉なことが起こる前触れではないかと思ってしまうほどだ。
「……いずれにせよ、ふたりとも気を付けて。嫌な予感しかしない」
これはある種、賭けともいえよう。なにが出るかわからない箱を開けるようなもの。むしろ悪い方の確率の方が高いと最初からわかっている状態でやるのだから、分が悪い。水月は銀花と黒鴉に目配せをし、洞穴の正面に立った。
「もし、もしもだよ? 君が穢れに呑まれた時は、問答無用で領域に飛ばすからね? その時はユズちゃんを信じて、その身を任せるといい」
「楪にはそんなことはさせられない」
「そういうところだよ。君はあの子を本当にわかっていないよね。あの子はずっと、望んでいたよ。そしてその望みは、どうやら君には届いていないみたいだ」
嫌味で言っているつもりだが、銀花は困惑するだけで反論はしてこなかった。そうやって考えていればいい。そして思い知るといい。自分がどれだけ愛されているか。愛しているか。水月はゆるんだ口元を引き締めて、洞穴の入り口と再び向き合う。
(さて、こっちはこっちで良くない。できることなら銀花の負担は減らしたいけど。この感じだとこちらの想像通りのことが起こるだろう)
それでも今やらなければ、もっと大変なことになるかもしれない。塞ぐのは一時的と最初から決めていたが、それにしても早すぎる。穢れの元凶。やはり蛭子の存在が蓋の代わりになっていたのだろう。
手を翳し、結界を解く。その瞬間、入り口の岩のひとつが崩れ落ち、連動するように次々と崩れ出し、籠っていた穢れが一気に溢れ出す。水月を庇うように前に出たのは銀花だった。飛び出してきた大量の穢れが銀花に吸い込まれていく。
「黒鴉、銀花を! あとは私が!」
「わかった!」
がくん、と地面に片膝をついて顔を歪めている銀花の腕を自分の首に回して、黒鴉は翼を広げてその場から退避する。水月が残りの残骸を浄化しているが、いつまで持つかわからない。銀花に纏わりついている黒い靄がこちらに流れ込んで来ようとするが、ぎりぎりのところで留まっていた。
「ぐっ……⁉︎」
「おい、大丈夫か⁉︎」
声をかけるや否や、銀花の身体が煙に包まれ回していたはずの腕の感覚が消える。途端、神狐の姿に変化した銀花が真っ逆さまに地上に落ちていく。まずい! と黒鴉は急降下してそれを追うが、掴もうとしても白銀の毛が指からすり抜けてしまう。
「水月様、そいつを頼んだ!」
「ちょ……っ⁉︎ ちょっと、待って! よし、ユズちゃんのところに飛ばすよ!」
穢れを対処したその後、すぐに真上から落ちてくる大きな獣に両手を翳した。なにかを唱えるわけでもなく、水月は銀花を彼の領域内へと転送する。黒鴉が背を合わせて水月の後ろに降り立ち、解き放たれた洞穴を代わりに観察する。
「あの状態で送り込んじゃったけど、本当に大丈夫だろうか」
「大丈夫だと思ったから、銀花にあんなこと言ったわけじゃん? 番の花嫁がなんとかしてくれるだろ。じゃなきゃ、あいつ、本当に死ぬかもよ?」
冗談ではなく、珍しく深刻そうに黒鴉は呟く。
「私は信じてるよ。ユズちゃんの覚悟をね」
「ふーん。とりあえず、俺たちはここをどうにかしないとね」
「今ので私も神気を大量に消費してしまった。申し訳ないけど、蛭子くんをここに連れて来てくれる? こんなことになるなら最初から一緒に来るべきだったかもね。君が嫌がる気持ちもわかるけど、もうそんなことは言っていられない状態になっている。贄としてではなく、本来の役目を果たすためにも」
わかってる、と黒鴉は暗い声で自分に言い聞かせるように呟いた。これは自分の我儘だ。話し合った通り、蛭子にはここの穢れを喰らうという役目をお願いすることになるだろうと。それが遅いか早いか、それだけのことだ。
「行って来る。俺が戻ってくるまで気を付けて」
「ごめんね、ありがとう」
うん、と黒鴉は頷いて鴉の姿へと変化すると、薄暗い空へと翼を広げ飛び立つのだった。
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