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三十八、ずっと一緒

 自分の領域に戻り、蛭子(ヒルコ)がいるいつもの場所に向かう。だいたい自分の部屋にいることが多い。狭い部屋が好きらしく、蛭子のためにわざわざ造ったのだ。案の定、部屋の扉を開けたらそこにいた。 「蛭子、ごめん。お前のチカラが必要だ。水月(みなづき)様を助けないと!」 「……煩い」 「ごめん、けど今は、」 「落ち着け。らしくない」  うん、と黒鴉(くろあ)は頷く。あの水月が簡単にやられるとは思っていないが、それくらいあの穢れの量は危険なものだった。  銀花(ぎんか)は元よりその身が限界だったこともあり、当てにならない。(ゆずりは)があの姿の銀花を見てどう思うのか。そんなことは正直考えても仕方のないことだろう。 「あそこに行けばいいんだろ? ボクがすべきことをすればいいだけ」  蛭子はずっとそう言っていた。黒鴉は表向きは理解者でいたが、本音は反対だった。またあの場所に蛭子を戻すこと、無理はさせないと決めていたがそれでも嫌だった。  あの蛭のバケモノたちに臓物を貪られている姿に魅せられておいて、今度は嫌だとか。自分勝手にもほどがあるだろう。だがそれが真実だった。 「なにを迷うことがある? さっさと連れて行け」  蛭子は黒鴉の前に立ち、いつもの無表情で見上げてきて、両手を広げ抱き上げるように無言で訴えてくる。 「……うん、わかった。ありがとう」 「別に、お前のためじゃない」 「うん、わかってる」  いつもの黒鴉じゃないことに蛭子も気付いたようで、どこか怪訝そうだった。掲げたままの両手にようやく黒鴉の手が触れた。ひょいといつもは簡単に持ち上げるくせに、今はやけにもたもたとしていてもどかしかった。 「そんなに心配か? あの土地神が」  水月は嫌いではない。楪の次くらいにはなんなら好きと言ってもいい。蛭子にとって水月がそうであるように、黒鴉にとってもきっとそうなのだろう。そう考えると同じなはずなのになんだか面白くなかった。 「心配だよ」  打って変わって真剣な眼差しで答える黒鴉に、ふうん、と蛭子はそっぽを向いて興味なさそうに反応した。 「蛭子が苦しい思いをしないか、心配なんだ」 「……なんで? お前には関係のないことだろう」 「関係あるよ。ほら……蛭子の保護者として、責任あるし?」  歯切れの悪いその台詞にイライラが増した。 「お前はボクをどうしたいんだ? ここに閉じ籠めて飾っておくつもりなのか? そんなのボクは望まない。やるべきことがあるからな」  籠の中の蟲にでもするつもりなのか? 「俺は、蛭子をここから出したくなかった。あのまま隠しておきたかった。誰にも見せたくなかった。俺だけのものにしたかった。これが俺の望み。だけど、今は、」  広いセカイに蛭子が触れるのもいいな、と思った。表情が、言動が、心が、変わっていくことが嬉しかった。 「お前とずっと一緒にいられたら、それでいいや」  そこにはいつもの笑みが戻っていて、蛭子はふんと視線を逸らした。その頬は生白かったが、心の奥底でなにかが咲いたようだった。黒鴉は蛭子をいつものように片腕で抱き上げ、お互いの顔がぐんと近くなる。 「……バカ鴉、」 「はは。ありがと〜」  黒鴉はそのまま社を出て、瑠璃色の大きな翼を広げて領域から飛び立った。 (俺が蛭子を守る。贄になんてさせない。そのためにも、まずはあの穴をどうにかしないと。水月様がいうように、俺が、)  穢れを喰らう量を上手く調整して。  蛭子に悪い影響が出ないように管理して。 (ずっと一緒にいるために、俺が頑張らないと)  そしていつか、わからせる。  どれだけ自分が蛭子を想っているか。  絶対に逃がさない。  どこへも行けないようにして、あの領域で永遠ほどの時間を共に過ごすために。 「遅かったね、黒鴉。私じゃなかったら危ないところだったよ」 「あれ? もう用済みってこと?」  あんなに溢れ出ていた穢れがほとんど浄化されていた。よく見れば、結界を再び洞穴の入り口に施しているようだった。これ以上はまずいと一時的に封じたのだろう。  「いや、ここからは蛭子くんのチカラが必要だ。ごめんね、もう少し後の話になると思っていたのだけれど、どうやらそうも言っていられない状況でね」 「別に、いずれこうなるとわかっていたことだ」  地面に足をつけて、蛭子は静かに呟いた。覚悟はとうにできている。そもそも贄としてこの穴の穢れを封じるのが役目だったのだから。それを思い出せただけでも良かった。  ただ喰われるだけの贄ではなく、喰らう方だったことも含めて。あのバケモノ共に思い知らせてやる、と蛭子は復讐心を燃やしていた。  水月の結界を越えて黒鴉と共にあの悍ましい穴のある場所へと進む。まるで深淵。その奥底から聞こえてくる相変わらずの気色の悪い咀嚼音。もう慣れたと思っていたのに、久々に聴いたら本当に気持ち悪かった。 「とうとう共食いを始めたか。蠱毒なら当然か」  最後の一匹になるまで喰らい続ける。殺し合う。蛭子がいなくなってから、強い穢れが生まれ続けていたのも頷ける。  蛭子は長い袖を捲って奇形の赤黒く長い三本の指を穴に翳した。今、ここを侵食している分だけ喰らえばいい。あとは時間をかけて少しずつ減らしていく。どのくらいかかるかはわからない。穢れが消えるまで続ける。 「脳なしの肥えた蟲にはお似合いだ」 「言うねぇ。さすが蛭子だ」  けらけらと笑って、黒鴉が隣で緊張感を台無しにしてくれる。おかげで蛭子は気が抜けて楽になった。ふたり、視線を重ねて頷く。深淵はふたりを呑み込もうと手を伸ばして来たが、蛭子によって喰われる。 「大人しく喰われてろ」  指先に吸い込まれていく穢れ。  辺りを漂っていた黒い靄の残骸が、蛭子が翳した手の中に一気に呑み込まれた。

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