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四十一、真の番として
銀花がようやく動けるようになったちょうどその頃、見ていたかのように水月 から知らせが届いた。『こちらは心配いらないからゆっくり休むといい』とのことだ。あの状況でなんとかなったのだとすれば、黒鴉 が蛭子 を連れて来たのだろう。
その後、狭い部屋に閉じ籠っていた楪 を見つけ、膝を抱えて蹲っている花嫁の横に腰を下ろす。手に持っていた襟巻を肩に掛けるようにそっと巻いてやると、おずおずと楪が口を開いた。
「······銀花 様、私、本当に駄目な花嫁です。無知な自分が恥ずかしいです」
楪は、膝に押し付けるように顔を隠してはいるが、両の耳が真っ赤になっていた。
「お前が駄目な花嫁なわけがないだろう? 俺の可愛い花嫁、顔を見せて?」
耳元で囁く。もちろんわざとである。その気持ちは確かに受け取ったし、これはもうそういうことなのだ。あの口付けは、その証ともいえよう。
「お前のお陰で、穢れがいくらか浄化された。楪の方から俺に口付けをしてくれたこと、俺は何よりも嬉しい。顔を上げて、こちらを見てくれないか?」
頭を撫で、長い薄茶色の髪の毛を梳き、それからそっと肩を抱く。
「······怒っていないのですか? 私、銀花様の言うことを聞かず、あんなことまでしてしまって······呆れられてしまったのではないか····と、不安で。銀花様に嫌われてしまったら······私は、どこに行ったらいいのでしょうか?」
どこまでも優しく触れられ、戸惑う。
すぐ傍で感じるぬくもりは、なによりもあたたかい。それは、出会った時から変わらずそこにあって、楪は安心する。
それでも視線を合わせるにはまだ心の準備が整ってはおらず、顔はなんとか膝から離したが、銀花の瞳がどうしても見れなかった。
「怒ってもいなければ呆れてもいないし、もちろん出ていく必要もない。俺がお前を嫌いになる? 何度でも言うが、そんなことは絶対にあり得ない」
あんな触れるだけの口付けで、こんな風に恥じらってしまうような可愛い花嫁を、嫌いになどなるわけがない。むしろますます愛おしいと思う気持ちが大きくなり、自分がどれだけ楪を好いているか教えてやりたいと思った。
だがなによりも一番大切なのは楪の気持ちで、怖い思いはさせたくない。ここは神として理性を抑え、花嫁の意思を尊重するのが正解だろう。
「······あの、私、男の身ですけど、あんなことをして、その、銀花様のお子ができたり、しないです、よね?」
「·················ん?」
「水月 様が、大好きなひとと口付けをたくさんすると、お子ができると教えてくださって······あ、でも、前に銀花様が私の穢れを移すためにしてくださった時は······、まだ私の心の準備ができてませんでしたので····ええっと······、でも今は身も心も、銀花様のもので······となれば、その、」
薄っすらと赤い唇に指先で触れて、ちらちらとこちらに視線を送りながらそんなことを言う楪に、先程まで何重にも固く結ばれていたはずの"理性"という名の糸が、ぷつんと切れた音がした。
気付いた時には、楪を床に押し倒していた。見上げ見下ろされる形で、視線が合わさる。そこには、どうしたらいいかわからないという顔でこちらを見上げてくる、楪の姿があった。
「俺の可愛い花嫁は、俺の子が欲しいのか?」
「へ? え? あ、あの、」
銀花は悪戯っぽく笑って、真っすぐに楪を見下ろしてくる。自分が何気なく口にしてしまったことを改めて銀花から言われると、思わず顔を覆いたくなったが、両の手首を押さえられているのでそれも叶わない。混乱した楪は恥ずかしすぎて瞳が潤み、思わず身じろぐ。
「あのひとが言うことは半分くらいは冗談だ。残念だが、俺たちは子は授かれない身体。期待をさせたならすまない」
その言葉に、先ほどまで頬を赤らめていた楪がどこか寂しそうな眼差しでこちらを見上げてきた。
「そう····なの、ですね······やはり私が男の身だから、銀花様にご迷惑を、」
「それは違う。俺は、楪と共に生きられるなら、他にはなにもいらない。お前さえいてくれれば、それだけで幸せなんだ」
男だから。子がなせぬから。そんなことはどうでもいい。楪が楪でいてくれたなら、それ以上なにも望むことなどない。
「これから先、気が遠くなるほどの永い時間、ふたりだけの生活になる。俺が社にいない間は寂しい思いをさせてしまうかもしれない。それでも俺の花嫁でいてくれるか?」
「······銀花様。はい、もちろんです。私は銀花様の番の花嫁として、あなたのお傍にいたいです」
「そうか。ありがとう。この身が朽ちるその日まで。楪、お前の傍にいると約束する」
掴んでいた手首を解放して、銀花は楪の身体を起こすとそのまま優しく抱きしめる。首に顔を埋めて甘えるように囁く声に、楪は心臓がどうにかなりそうだった。
「楪が先ほど穢れを浄化してくれたおかげで、まだ猶予はある。真の番になってくれるのは嬉しいが、心の準備もあるだろう。焦る必要はない。ゆっくりでいい、俺を愛して欲しい」
楪の気持ちが、心が、ちゃんと自分に向けられるまで。その身を捧げても良いと思えるまで。愛してくれるまで。いくらでも待つ。そう、決めている。
(······愛、して?)
その感情はまだよくわからないけれど、なんだか不思議と心地好い響きだった。好きとは違う気持ち。今よりもっと銀花を好きになれば、わかるのだろうか?
「はい、私、必ず銀花様を愛してみせます!」
「よろしく頼む」
やる気満々にそう言った楪だったが、たぶんよくわかっていないのだろうな、と銀花はくつくつと笑いを堪えながら答えた。
いつかその本当の意味を知った時、その時は。
山神の"真の番"として、永遠を誓おう。
第四章 真の番 〜了〜
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