42 / 47
四十二、めぐる季節の中で
あれからどれくらいの時を共に過ごしただろう。
山に生じた穢れは、銀花 によってその身に封じられ、溜まった穢れは、"真の番 "となった楪 によって常に浄化されるようになった。
そうやってふたり、永遠に終わることのない時を優しく育んできた。
穢れの元凶であったあの蠱毒の穴は、蛭子 が本来の役目を果たしてくれていることで、少しずつだが好転していた。そんな蛭子の傍で、黒鴉 が穢れを喰らう量を調整し、蛭子が呑まれないようにしてくれていたのも流石といえよう。
山は少しずつだが穢れが減っていき、今は以前の半分以下の頻度でじゅうぶんなほどにまで落ち着いた。水月 の見立てでは、長きに亘って繰り返されてきた山神の番の役目も、近いうちに必要なくなるかもしれないとのことだ。
銀花と楪はその報告を素直に喜んだ。これ以上、贄の花嫁が生まれずに済む。人々もきっといつしか忘れてしまうだろう。山神のことも、生贄のことも。この地に永く根付いた土着信仰は、時代と共に廃れていくことになる。土地神のチカラも必要なくなる日が来るかもしれないね、と水月は少し寂しそうに言っていた。
季節はめぐり、春夏秋冬。
めぐる季節を繰り返す。
「銀花様、おかえりなさい」
「ただいま。ふたりとも、今日は何をして遊んでいたんだい?」
自分の姿を見るなり駆け寄って来た愛しい者たちを、銀花は腕を広げて抱き止める。ひとりは胸に、ひとりは右脚に飛び込んできた。
「おかえりなさい、銀花様! 今日は楪と隠れ鬼をしました!」
「私はすぐに見つかっちゃいました」
足にしがみ付いて見上げてくる幼子に微笑み、銀花は右手でそっと小さな頭を撫でた。金色の瞳、白銀の髪の毛。白い獣耳と尻尾が出たままの幼子は、楪が望んだことで生まれた存在。ひとの子とはまた違い、あくまでも、神狐である銀花の神気を分けた分身体である。
だがそれは自分を神狐として崇拝する者が望まない限り、生まれない。楪が強く望んでくれたことで、生まれた存在。ふたりの想いで生まれた幼い白狐 は、自身を生み出してくれたふたりを親のように慕っていた。
「銀花様、お身体は大事ないですか?」
「問題ないよ。今日はほとんど穢れは見つからなかった。水月様の言うように、俺たちが必要なくなる日も近いのかもしれないな」
「そうしたら、いつかお話ししていたようにこの地を離れるのですか?」
不安そうに問いかけてきた幼子の小さな右手を握り、楪は銀花と視線を交わして穏やかに微笑む。氷雨 と名付けられた幼子は、寂しげな瞳でふたりを見上げてきた。銀花は氷雨を片腕で抱き上げて、穏やかな表情で自分によく似た獣耳の幼子にある提案をする。
「楪、氷雨、後で領域外に出かけよう。今日は天気も良くて、あたたかい。楪は知っているが、氷雨はまだ行ったことがない場所だよ」
「外に行くのは久しぶりですね。氷雨様、きっと楽しいですよ?」
「……うん、楪も一緒なら行ってみたい」
氷雨はひとの子よりも成長がかなり遅く、十年以上経っているのにまだ五歳くらいの見た目のままだった。獣耳や尻尾も成長すればしまえるようになるはずなのだが、楪はこちらの方が好きらしく、それを知ってか知らずかなかなか消えないのだ。
外に行くための支度をして、氷雨を真ん中にして三人でゆったりと歩いて向かった先。春の昼下がり。ぽかぽかとあたたかい陽射しが木陰の隙間から降り注ぐ。いつの間にか機嫌を取り戻した氷雨の尻尾がゆらゆらと楽しげで、楪は思わずくすくすと笑みがこぼれた。
「ほら、着いたよ」
森を抜けた先に広がる丘。一面黄色い花が遠くまで続くその景色は圧巻で、この季節だけの特別な空間ともいえよう。丘を埋め尽くすほどの見事な菜の花畑に、氷雨は思わず耳をぴくぴくとさせて「わあ!」と声を上げた。
「ここは銀花様とふたりだけの秘密の場所だったんですが、いつか氷雨様も一緒にと銀花様にお願いしていたんです。この辺りの穢れがなくなったおかげで、やっと三人で来れましたね」
「そうだな。穢れが無くなることで、色んな場所に行けるようになる。悪いことばかりではない。それにこの地を離れるというのは一時的なもので、この地が俺たちの帰る場所であることに変わりはない」
「これからも、ずっと一緒ということですか?」
銀花と楪は見つめ合って、同時に頷いた。山神と番の関係は無くなっても、銀花との番の契約はそのまま続いていく。今もそうだが、楪は"真の番"として、その身は老いることなく出会った頃のままこれから先も変わることはない。あれから随分と時が経ったが、純真無垢な性格も変わらず、銀花にとってはいつまでも可愛い花嫁なのだ。
「俺たちが一緒じゃないはずがないだろう。それに、少なくともお前が神狐として一人前になるまでは、ここを離れる気はない」
「じゃあ、俺はいつまでもこのままでいます。ずっと一緒がいいです」
「氷雨様、前に銀花様よりも大きくなるのが目標だと言ってませんでしたか? いつか私をおんぶしてくれるという約束は……?」
「そ、それはそれだよ! 楪との約束は必ず果たすと誓う!」
哀しげに目を伏せた楪の袖を引いて必死に弁解する氷雨に、銀花はやれやれと肩を竦めた。自分の分身だけあって、楪には弱いらしい。早く成長してもらいたいものだ、と心の中で呟きつつも、三人の時間は思いの外心地好いというのも事実。
いつか訪れるだろう別れ。
それはもう少し先のようだ。
ともだちにシェアしよう!

