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第9話

「それは、ダメだよ」 塔矢だった。霧矢はムッとしながら塔矢の腕を振り払おうとした。しかし思いの外塔矢の力は強く、振りほどけない。 「昔からいろんな習い事してるからさ、俺結構強いよ」 「離せよ」 「いやだ、恋人が浮気しようとしてるのを見過ごせるわけないでしょ」 何が恋人だ、あんな風に切り捨てておいて、などと思ったが声にならなかった。でも心のどこかで嬉しいと思っている自分がいて、それが憎らしかった。 もしかしたらきてくれるかもしれない、と心のどこかで期待しながら霧矢はクラブにいたのだから。 「霧矢、帰ろう」 霧矢の目を真っすぐと見つめながら塔矢は言った。その瞳には心配と不安が渦巻いていて、いつもの余裕さは欠片もなかった。よく見ると塔矢は汗をかいており、必死に霧矢を探しにきたのだろう。 霧矢が誘った男は不良のような厳つい見た目しておきながら、不安そうに霧矢と塔矢の間で動揺していた。 「帰らない」 「どうして……?」 どうして?お前が一番それをわかっているのではないか?と霧矢は思った。お前にとって俺がいらない存在なのだろうが、と霧矢は考えた。 「お前が俺のこと、切り捨てたんだろうが」 やっとの思いで霧矢は掠れた声で吐き捨てるように言った。 「切り捨てた?俺が霧矢を?いつ?……もしかしてあの時のこと言ってるの?」 「それ以外に何があんだよ」 「そんなこと言ったって、あれは君が望んだことじゃないか」 塔矢にそう言われハッとした。そうだ、俺が望んだのだ。霧矢自身が学園では他人のように接して欲しいと望んだのだ。だから、塔矢は霧矢を突き放して、他人のふりをしてくれたのだ。

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