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岡本(攻)♡ヨウコウ(受)

 土曜日の朝。カーテンの隙間から差し込む朝の光と、窓の外を走る車の音で、カズヤは目を覚ました。  狭いシングルベッドの隣には、まだヨウコウがシーツにくるまって丸くなっている。昨夜もバイトが遅かったらしく、這いずるように布団に潜り込んできたのは空が白み始めた頃だった。  カズヤはそっと起き上がると、寝ているヨウコウを蹴飛ばさないようにベッドを出た。  キッチンに立ち、冷蔵庫から食パンを取り出す。トースターに放り込み、電気ケトルでお湯を沸かす。粉末のカップスープをマグカップに入れ、勢いよくお湯を注ぐ。 男二人の朝なんて、これで十分だ。  香ばしいパンの匂いと湯気が狭い部屋に広がり始めた頃、寝室から引きずるような足音が聞こえてきた。 「んー……カズヤ、おはよ……」  寝癖をつけたまま、ヨウコウが目をこすりながら椅子に座る。 「おはよう。……つーかお前、昨日の帰り、何時だよ」  カズヤはトーストとスープをテーブルに置きながら、努めて平坦な声で訊いた。 「え……。三時、とかかな。覚えてない」 「三時? お前のシフト、十二時までだろ。何やってたんだよ、最近帰り遅くないか?」  ヨウコウはトーストの耳を小さくちぎりながら、視線を合わせずに答える。 「……いいじゃん、別に。何やってたってさ」 「良くねーよ。心配すんだろ」 「なんでそんなに気になるわけ? 別にカズヤに迷惑かけてないじゃん」  反抗的な態度に、カズヤは少し声を荒らげた。 「お前、なんかふわふわしてるからだよ! 危なっかしいっつーか」  その言葉に、ヨウコウの手が止まった。 「……心配、してくれてんだ」 「当たり前だろ」 「ふーん……。じゃあ、本当のこと言うね。実はさ……オーナーの岡本さんに、好きだって言われちゃったんだよね」  カズヤは一瞬、何を言われたのか理解できず、コーヒーを飲む手が止まった。 「……は? 好きって……。岡本さんって、あの店のオーナーだよな? 男だよな、あいつ」 「そうだよ」 「は?……キモ」  カズヤは吐き捨てるように言った。 「え?」 「キンモー! お前、何キモいこと言ってんの? 正気かよ。あいつも、お前も」  カズヤはヨウコウの話に戸惑いながらも、自分を納得させるように続けた。 「……まあ、いいや。でもな、それってお前の勘違いだぞ。あの人、大人の余裕があってかっこいいのはわかるけどさ。憧れの気持ちと恋愛を、お前がごっちゃにしてるだけだって」 「……勘違い?」 「そうだよ。お前が素直で危ういから、向こうも面白がって言ってるだけだろ。目を覚ませって」 「…………もういい。オマエ、本当に鈍感だよな」  ヨウコウは椅子を蹴るようにして立ち上がり、壁のハンガーからパーカーをひったくると、着替えもそこそこに家を飛び出していった。  バタン、と乱暴にドアが閉まる音が、静かな部屋に空しく響いた。 ◇  あの朝の衝突から、数週間が経った。  表面上は元の生活に戻ったように見えたが、決定的に変わってしまったことが一つある。ヨウコウの帰宅が、以前にも増して遅くなったのだ。  深夜二時。カズヤはテーブルに置かれたラップ済みの夕飯を眺めていた。  ガチャリ、と鍵が開く音がして、ヨウコウがふらりと入ってくる。その瞬間、鼻を突く匂いがした。 「お前……。いつからタバコなんて吸うようになったんだよ」  カズヤが問い詰めると、ヨウコウはポケットから安っぽいライターを取り出し、面倒臭そうに笑った。 「……ちょっと吸ってみただけ。岡本さんのタバコ、いい匂いだったから」  カズヤは言いようのない焦燥感に襲われた。なんとかして、この空気を変えたかった。 「あ、そうだ。ヨウコウ、明日休みだろ? ほら、『鉄拳』の新作。勝負しようぜ。負けたら明日の飯、おごってやるからさ」  しかし、ヨウコウは小さくあくびをして、困ったように眉を下げた。 「あー……ごめん。今日、なんかすごく疲れちゃって。もう寝るわ」 「……そっか。また今度にしよう」 「うん、ごめんな。先ねるわ」  ヨウコウはスウェットに着替えると、いつものようにベッドに先に潜り込んだ。  カズヤは一人、モニターの電源を落とした。暗くなった部屋で、しばらく立ち尽くしてから、重い足取りでベッドへ向かう。布団をめくり、先に横になっているヨウコウの背中に触れないよう、細心の注意を払って身体を滑り込ませた。  カズヤが横たわると、シングルベッドは余裕をなくし、二人の体温が狭い空間にこもる。  やがて、隣から規則正しい寝息が聞こえ始めた。  いつもなら、この狭さが、互いの存在を確かめ合える安心感だった。  けれど今は、ヨウコウが寝返りを打つたびに、洗いざらしのスウェットからふわりと見知らぬ苦い煙の匂いが漂ってくる。  同じ布団に包まり、肌が触れそうなほど近くにいるのに。  ヨウコウの纏う匂いだけが、カズヤの手の届かない別の世界の境界線のように、二人の間に厚く居座っていた。  カズヤは暗闇の中で、隣にいるはずのヨウコウの輪郭を、ひどく遠く、おぼろげなものに感じていた。 つづく

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