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第4話 名前を呼ぶな

「良かった…痕にはならなそうだ」 「……」 「どうした、痛みがあるか?」 「…いや…どうせ元々醜い痕があるのに、火傷したところで今更っていうか…」 薬屋の店舗の奥、店長が休憩に使っているのかテーブルと椅子が置いてあるだけの狭い部屋で男二人が向き合っている。 俺の醜い傷痕に対しての偏見とか、そういうのはしないタイプの人間のようで良かったが…俺は本能的に目の前の男が苦手だなと思っている。気まずい。 「…ノアが望んで刻んだ傷ではないのだろう?」 「気安く名前呼ばないでくれるかな…薬師でいい」 俺は誰とも仲良くなる気はないし、距離が近い男に引いている。出来れば今後も関わりたくない。見るからに身分高そうだし、付け入られては困る。 「…知り合いは、名前で呼び合うものだ」 「知り合いじゃない。偶然顔を合わせただけの他人だし」 「なんでそんなに頑ななんだ…」 「触るなよ。もう赤みは引いたんだろ、軽度の火傷なら自分で軟膏なり塗るから、帰る」 マスクは使用出来なくともローブというか、でっかい一枚布みたいなもんだからコレで顔隠せばいいし、近付いてくる男が不信通り越して不快だ。もうさっさと帰りたい。 「まだローブが乾いて…」 「関係ないだろ。持ち主が濡れていても気にしてないのに口出さないでくれ」 頭からローブを被ると首元がやはり冷たい。でも今の状況よりマシだと思って口元に布を引っ張り上げた。 「……手当ありがとう。今後は鉢合わせない事を祈るよ」 部屋を後にして、店長に声を掛けると空瓶がまたどっさり溜まっててげんなりした。今日の帰りも荷物が多い。 「…やっぱり、夜逃げするか。」 乾燥した薬草をすり潰しながら出した結論はそれだった。外の薬草畑や調剤に使う道具を手離すのは惜しいが、嫌な予感がする。俺の領域を侵そうとする人間がいる。 荷造りをして、銀行で移動資金を下ろしに行って…次に住処に出来そうな所は… 地図を拡げて、必要な薬草と相性の良さそうな気候の場所に当たりをつける。正直、今の住処より良い所は無い。 「栽培を高い薬草に絞って、他の材料は買うか…?」 今も栽培出来ない材料は買っているが、山の奥の住処に届けてくれる商会は滅多にないし…考えれば考えるほど良い住処だった。 ────チリン、チリン。 耳に微かに届いた鈴の音、それは山の中に張り巡らされた俺の住処の境界線を越える音。頭が冷えて、滝のように汗が吹き出て流れ落ちる。 (呼吸…荒く、なるな) ぶるぶると震える手で鼻と口を塞ぎ、荒れる呼吸を無理矢理止めるも再び鈴の音が聴こえてきて俺は絶望した。 ローブを掴む余裕すらなく、ゆっくりと、静かに部屋の隅へと歩く。床の軋む音が立つ毎に焦りは大きくなり、やがて涙が零れ落ちた。 男だから泣くのはみっともないとか、そんな言葉はこの世界に存在しない。だって男しか居ないから。 女は居ないが、動物は普通に生息する。 (山で住むの、向いてないってわかってる。でも俺には薬しかないから) 小さくなって、息を殺して、こんな薬草の匂いで充満した建物に近寄るなと念じるしかない。 怖くて仕方ないけど、俺にはここしか居場所がない。 永遠にも感じる時間で、俺はただ怯えて小さくなるしか出来ない。 「───ノア、泣いているのか」 「…………他人が、何度もビビらせるな…」 またかよ。同じ人間に二度もビビらされた。…あれ?アイツ、ここに来た事ある奴だったっけ 泣いてるのがドア越しにバレて恥ずかしい。この地獄耳が。人の呼吸まで聞き取るな。 ぐすっと鼻を啜ると「開けてもらえないか」と交渉が始まる。確かに一度、ここでやり取りをした覚えがある。 「帰れよ…」 「来る途中で熊と遭遇したんだが、被害はないか?」 「はぁ!?お前っ、早く言えよ!!」 外なんか居たら襲われるじゃないか!隠れる場所なんてないぞ!! 慌てて鍵を開けて扉を開き、「急いで中に入れ」と男の腕を引っ張った。もたつきながらも俺に従った男を家の中に引き入れてもう一度鍵を掛ける。 「なにやってんだよお前!!怪我は!?」 「……いや」 こんな山奥に来るんじゃねぇよ。俺は仕方なしに暮らしてるけど、山の中は決して安全ではないんだ。 遭遇したと言ったが上手く逃げられたのか、男の服に破れた所は見当たらない。 「無事か。熊とは距離が────」 人の温もりというのに触れたのは、かなり久しぶりに感じるが実際は最後に触れられて数日しか経っていない。 俺を抱き締める男が、何を考えて二度もこの山を登って来たのか、薬屋で俺と知り合いたいと言ったのか、わからない。 「友人は嫌、客も駄目、知り合いも拒否。…ならば俺と恋人になってくれ。今日はそれを言いに来た」 「……は?」 涙を流していた事も忘れていた俺の目元を、醜い傷痕の残るその顔を、大きな手がそっと撫でた。

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