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第5話 腹が立つ

基本的に、家の中に人を招き入れるなんて事はしない。 この家だって、家にある家具だって、元は人嫌いの偏屈な奴が暮らしていたという中古だ。俺はそれを山ごと買い上げただけ。 …なんか凄い規模の買い物って思われるかもしれないけど、街で家を買うよりは遥かに安かった。 何故、俺は知らない男に抱き締められているんだ。知り合いが駄目なら恋人になれって? 「……何が目的?」 「ノアと恋人になる事が目的だ」 「理解出来ない」 グッと男の胸を押した。筋肉が厚く、よく鍛えられている身体だ。 俺の貧相な身体とは違う、大きな身体が包み込んでいる。強く押してもビクともしない。 俺をどこまでも惨めにさせる。力の世界。 「…ほんと、最悪な世界。もう好きにしろよ。欲しい薬はなんだ?こんな貧相な身体を掘ったって楽しくもないだろ。早く本当の目的を言え」 「…ノア…」 たまに、権力を振りかざして自分の為だけに薬を作れと脅して来る奴はいる。仕方ない、俺の薬はそれだけ価値があるようだから。 「効果を言えばそれに応じた薬をくれてやる。金は要らない。お貴族様の矜恃だなんだで金払いたいなら勝手に払え。受け取ったら二度と関わらないでくれ」 一息に言って、もう一度胸を押したら今度はすんなりと身体が離れた。 俺は、俺に取り入ってくる人間が嫌いなんだ。 色とりどりの小瓶が並ぶ薬棚に向かい、適当に複数本掴んだ。 「ほら、早く言えよ。求める効果はなんだ」 「…薬じゃない」 「信用出来ない」 キッパリと返して小瓶を差し出す。男は受け取ろうとしないので尚更腹が立った。 「……チッ。くそめんどくせえ。こんな醜男になんなんだよ」 キュポ、と紫色の小瓶の蓋を取る。それを一気にあおると棒立ちだった男がようやく動きを見せた。 「何をしている!?」 「恋人目的なんだろ?このガリガリの身体を蹂躙しにきたんだろ。さっさとヤって帰れよ。穴が軟らかくなる薬飲んだからすぐに突っ込めるぞ」 イライラし過ぎて焼きが回っているのは自覚している。だけど俺はもう止まる気もなかった。 着ていたシャツを手早く脱ぎ、ズボンも下ろして生まれたままの姿になる。 薬を用量無視して大量に服用した影響で身体は既に疼き、陰部は硬く持ち上がっている。なるほど、過剰摂取するとこうなるのか…と薬師の自分が冷静に観察するのは仕方の無いことだ。 「…なんで、そんなに頑なに拒むんだ」 息が荒くなる俺とは逆で、息を止めているのかというくらい静止している男に「早くしろよ」とだけ告げて机に手を付いた。熱い。足に力が入りにくくなってきた。 「……俺はお前を抱かない。知人は嫌、友人も恋人も駄目、なのに身体は開いてやる?……いい加減にしろよ」 「ッ──」 辺りを見渡した男が壁に掛けてあった俺のローブを見つけ、掴んでこちらに近寄って来る。狭い家に敷き詰めるように薬品棚やら道具やら押し込めたから生活スペースは限りなく狭い。男が大股で二歩歩けばもう俺の目の前だ。 ローブを掴むその顔は、怒りに満ちて青筋が立っている。 「…被ってろ。怯えるくらいなら変な真似をするな」 「……」 床にへたりこんでしまったのは、薬のせいか恐怖のせいか。 俺の荒い息遣いだけがその場でやけに目立っている。 「そもそも俺は、性欲を減退する薬がないか尋ねに薬屋まで来たんだ」 「……増強、じゃなくて…?」 「そうだ。煩わしいこの欲を、消し去りたくて来た。」 頭からローブを被せられる。いつまでも貧相な身体を見せつけたくはないので助かるが、火照った身体には暑い。汗がじわりと肌から滲み出た。 「なんで…」 薬師として気になった事が口からすべる。男が求める症状の改善は、性に奔放なこの世界においては異質だ。 だって俺は求められたからこそ、人の性欲を強制的に掻き立てるような薬を作り始めたのだから。 「不要だからとしか言いようがないが…人嫌いの薬師殿には、多少は理解出来るんじゃないか?相手が居なければ、この欲は煩わしいだけだ」 「んっ…」 ローブ越しに頭に触れられただけで身体の奥に電気が走る。その手をもっと、自分の内側へと侵入させたいと欲が出る。 (この薬は、封印だ…危険すぎる) ブルブルと身体が震える。既に売っている媚薬よりずっとやばい。こんなの服用し続けたら廃人になってしまう。 思考が鈍る。目線を上げるとやけに綺麗な青い目が心配そうに俺を見ていた。真っ直ぐに、澄んだ瞳が俺を捉えた。 「ご、め…俺、こんな…醜い」 「…ノア?大丈夫か?」 こんな醜い男が、お前みたいな綺麗な男に。 汚してしまってごめん。 「苦しい、たすけて」 質の良い布に、細かい刺繍の装飾。 男の為に作られたぴったりと身体を包み込むその服が、煩わしい。 「……おい」 「限界…むり、俺の中…引っ掻いて」 本当に情けない事をしているのに、身体の疼きは悪化するばかりだ。 知り合う事を拒絶した相手の足に縋り付いて、懇願した。 被せてもらったローブはパサリと床に落ちた。

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