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第6話 悪役の断罪
───薬という分野にのめり込んだ俺は、学生時代を全て研究室で完結させるような人間だった。
俺の実家は割と裕福な家庭で、成績さえ維持出来れば授業に出なくとも学位は取れる自由度の高い学校に通っていた。
薬師になる為に真面目に勉強はしていたから、成績の維持は苦労しなかった。薬を作るには学力も必要な要素だ。
それに、「青春」というのは世界の異物である俺には煩わしさしかなかった。
「きみさ、相手を興奮させる薬とか作れないの?」
いつものように研究室で薬の成分を調べていた俺を訪ねてきた男は、とても整った顔をした男だった。
どうにも、恋人との夜の生活がマンネリ化してきているから刺激がほしいと。
つまり媚薬というやつかと、青春には冷めていたが薬に対しては情熱を持って取り組んでいた俺には知識があったし、新しい薬を作る口実が得られたとホイホイ作成した。
薬を作っても消費が出来なければ不良在庫となって場所を取る。自己消費出来るものばかりを作っていた俺には面白い分野の薬だった。
作成した薬は評価が高く、研究室に日参するようになった男は学校一の人気者だったようで噂になり、俺の薬を求める声は爆発的に増えた。
俺としては調合の練習になるし、安全性を考えて媚薬とはいえ効果を抑えるべく原液でなく水で薄めたものを売っていたから少ない材料で大量に作れるので実入りも良かった。
そうして、やがて俺は研究室から一歩も出ず顔も認知されていないまま学校一の有名人になった。そんな薬ばかりを求める青春とは爛れたものだなと思いながらも、金はいくらあっても困らないし薬を作るのが楽しいから気にしていなかった。
そして日々研究に勤しむあまり忘れていた俺は、この世界の異質さを思い出すことになる。
物語には悪役が居て、悪役というのは断罪されるものである。
俺はこの世界の原作がよくわからないが、物語の中なのだろうとは思っていた。それだけトンチキな世界だと思っていたから。
───俺の断罪イベントは、森の中で行われた。
「お前が作った薬のせいで、どれだけ苦しめられたか分かるか!?」
学校一の人気者だとか、イケメンだとか、成績優秀者だとか、とにかく目立つ男達が俺を呼び出し対峙している。
そんな目立つ男達に囲まれ、守られる、儚げな男。
「苦しむって、俺はただ求められた薬を売っただけで…」
「その薬があるからコイツは…!」
「やめて、もう思い出したくないっお願い、もう…」
柔らかそうな桃色の髪が大きく揺れる。儚げな雰囲気の男が流す涙は透き通って美しく、無条件で守りたくなる暗示の魔法のようだった。
(薬を作るのが、間違い?売るのが間違い?そもそも薬を求めて来たの、そっちじゃん…)
「俺は、求められたから…」
「反省もしないか。あくまでも自分は加害者じゃないと。お前が作った薬さえなければ苦しめられる事はなかったというのに」
「だから俺は───ッ!!」
これ以上の発言は、許されなかった。
男だけの世界だ。女に暴力を振るうなという概念はなく、等しく男だけが生きている世界。
反論は暴力で封じられ、そもそも本当に求められるままに薬を売っていただけの俺は売った後の薬の用途なんて知りもしなかった。
(お前も、お前も、お前もお前も!俺の薬を何度も買いに来てたじゃねーか!)
腹は立った。でも多勢に無勢、都合の悪い事は口に出す事さえ許されなかった。
身を守る為にみっともなく身体を丸め、縮こまり、早く終われと願うしか出来ない。だって俺は薬を作るくらいしか能力のない人間だから。
そして、山の中での断罪は唐突に終わりを迎えた。
「────熊だ!!逃げろ!!」
ゲームとか、小説とか、割り振られた悪役キャラに訪れる断罪イベント。
俺は、悪役だったんだと醜く残った傷痕が知らしめた。
「───そうだ、熊が…隠れないと」
「ノア?」
「こわい、しぬの、怖い…くまが…」
山なんて、好きじゃない。
毎日毎日、怯えて暮らすしかないのは俺が悪役だから?
俺が悪いことしたから?
「ちがう…俺、悪役じゃない…薬つくるだけなのに」
「……ノア、集中しろ。今は気持ち良いことをしているだけだ。怖いものは何もない、ノアを苦しめる者はどこにもない」
「きもちい…?」
「上手だな」
───いま、なにしてた?俺は誰といる?
「誰とも、いない…ひとり………きもちいい」
右目が閉じてる。温かいなにかが隠してる。
傷付いて、ほとんど見えなくなった左目の視界には、青色がふたつ。
「青色の薬は、自白剤…成分は…」
「…ノアは根っからの薬師だな。ほら、もう一度するぞ」
ふ、と笑う声がした。
おかしいな。俺は独りで生きてるはずなのに。
「──ッあ、きも、ちい」
身体の奥が痺れる。こんな効果は、どの薬の作用だったか。どの薬で抑えられたか
「わかんない…きもちい」
思考が溶ける。考えられない。
ぼやけた視界を閉じて、俺は静かな眠りの世界へと素直に落ちていった。
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