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第16話 月の色は

俺はもう、物語の外に出たと思っていたのに。 「……ノア?」 効果によって色が染まる薬、リオネルの意思に関わらず沸き上がる欲求 物語の強制力は、確かに存在する。 「俺は、断罪されて、退場して…もう、用無しだ」 「ノア、顔が真っ青だ。やっぱりこんな辛い事を思い出す話はするべきじゃなかった」 「……」 起きた事実はなくならない。整った顔だとは思ったが、主人公達の名前も、素性も、今も何も知らないし興味もない。恨むならこの世界を恨むし、俺はただ穏やかに生きていきたい。 悪役の末路はなんだろう。俺はこの世界の物語を知らない。 だって自分が悪役だなんてほんの僅かも思ってなかったくらいだ。断罪されるまで、誰かに恨まれていたなんて知らなかった。 無意識に後退りしてしまって、リオネルがすかさず俺の手を握ってきた。 (今は、逃げられない) 「……帰ろう。疲れたし、今日は調薬サボったから少しでも作業しておきたい」 「……あぁ」 リオネルは、屋敷に着くまで俺の手を離さなかった。完全に警戒させてしまったな。 もう少し上手く立ち回れたらよかったけど、俺は自分を偽るのに長けてない。 小柄で、髪も瞳も真っ黒で、見るからに地味だし弱そうな男。こんな奴でも、物語は悪役に仕立てられるんだ。 「ノアが欲しい薬草は全て手に入れる。望む物は全て揃えるし、ノアが苦しめるものからは俺が命を掛けて守る。だから」 「逃げるなって、言いたいんだろ?」 天秤の片方に重りを乗せて、僅かに傾いた秤が真っ直ぐになるよう粉末にした薬草を空の皿に少しずつ乗せた。 「…蒸留水を作りたいから、火を使いたいんだけど」 「ランプ程度の火ならここでも大丈夫だ。燃えそうなカーペットなんかも撤去してあるし、道具も揃えてある」 「リオネルは薬師じゃないのに詳しいよな」 「……ノアを探している間の唯一の娯楽が薬師について調べる事だった」 この男は、本当に真っ直ぐに俺を見ている。リオネルの気持ちは疑ってないし、むしろ今は最も信頼を寄せるくらいには絆されている。 だからこそ、俺が完全に惚れるのは危険だ。 主人公が所有する男を横取りなんて、本当に悪役じゃないか。 (くそったれた世界だなほんと。俺は一夫一妻の価値観で生きてた転生者だっての) 静かな部屋に、カチャカチャと道具のぶつかり合う音だけが響く。 結局、リオネルの家名とかは知らないまんまだ。…これ以上は知ったところで無意味だけど。 跪いてる時の姿勢が様になってるし、身体が大きいから騎士の家系かなとは予想している。大きな手には剣だこもあったし。 「…真っ黒な薬だ」 「このまま飲んだら毒だからな」 「………ノア。」 「自害用じゃねーよ。…それが出来てたら、山の中でなんて暮らしてない。過ぎればどんな薬も毒だ。でも薄めてやれば…」 真新しい瓶に5滴、薬を垂らして蒸留水を加えて薄める。 「……月の色になった」 「綺麗な表現だな、知ってる薬だった?」 「いや…」 薄い黄色の小瓶に蓋をして、コトリと置いた。 「よし、やっと薬がひとつ作れた。…やっぱり俺は、薬に向き合ってる時間が一番好きだなぁ」 「…俺も、この時間が幸せだ」 ずっと触れずにお預けをされていたと言わんばかりにリオネルが俺を抱きすくめる。俺は恋人じゃないって言い続けてるのに、ちっとも聞いてくれない。 「少なくとも、リオネルの薬が完成するまでは逃げないって」 「なら永遠に完成させるな。俺はノアしかいらない」 「なんでこんな悪役に惚れたかなぁ…」 使った道具片付けるから離れろよ、と続けようとしたけれど両頬を手で挟まれて口を噤んだ。 間近に迫る綺麗な顔は迫力があるし、これは流石にキスされるかもと胸が忙しく動き始める。 「ノアは悪くない、悪役じゃない。ずっと俺を救っているし、俺が生涯愛し続けたいと心から願っている人だ」 「……そんな恥ずかしいこと、この距離感で言うなよ」 いっそキスなら、目を閉じられたのに。その青い目が視界いっぱいになると全てを暴かれるような気持ちになるだろ。 俺はリオネルとは一緒になれない。物語が許さない。俺はもう悪役で居たくないんだ。 「お前の執着は、少し怖いよ」 「少しで済むなら良かった。ノアがどんな手を使って俺から逃げようと、俺もどんな手を使ってでも捕まえる。それだけは覚えて、……今は、一緒に居て欲しい」 「…ほんの少しだけな」 もどかしくなって、至近距離にある額に軽く頭突きした。 今だけだ。薬が完成するまでは、夢を見たっていいだろう。 月の色は、眠りの薬。いつかリオネルに飲ませる為の、睡眠薬。 なんせ俺に四六時中くっついてるんだから、隠れて薬を作るなんて出来るわけがない。 だから俺の願いを叶えると、この薬を受け入れて夢として終わらせる事を納得させなければならない。 俺はちゃんと、リオネルに失恋させるんだ。それくらいはやってあげたいと、そう思うくらいには俺もリオネルが好きだから。

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