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第17話 乞い、焦がれ

それからまた、数日経った。長いようで、リオネルとの関係はひと月にも満たないのは毎日が濃厚すぎるからか。 リオネルは常に俺と居るけど、絶対何かしら放り出して来てるよなぁ…こんなに金持ちで、背負うものが何も無いとは到底思えない。 俺に出来ることと言えば薬を早く完成させる事しかないんだけど…本当に大丈夫なのか 「ノア、次はどの薬草を取り寄せてほしい?」 「金は大事にしろーこのボンボンが…」 ベッドの上で抱き竦められた状態で俺は読書をしているが、恋人未満は継続中だ。 この男、背もたれとして優秀なんだよ。 近い未来で失恋するのが確定しているのに、中途半端に受け入れられて俺に夢を見せている憐れな男は今日も俺に全力で執着している。 (この短いひと時が、一生の思い出になれたなら) 今後の孤独も、きっと耐えれる。誰とも関わらない孤独よりもリオネルが居ない事の方がきっとずっと重いから。 眠気を感じているように見せ掛けて、俺の首を温める太い腕に頬を擦り寄せた。リオネルと一緒に寝ると悪夢も見ない。 これで、俺を悪役に戻すトリガーになり得る存在だなんて。 物語は主人公の為に存在して、その物語がハッピーエンドと決められているなら。 悪役の俺は疑う余地もなくバッドエンドだ。実際、山で暮らしていた日々こそがバッドエンドの向こう側だと思っていた。 「…ノア」 本を取り上げられ、俺の背中はベッドに沈められた。 恋人だと訴えるリオネルは俺の左瞼に唇を押し付ける。 恋人じゃないと言い切る俺はリオネルに何も返さない。 傷をなぞるように、唇が伝う。それはどんな薬よりも俺から痛みを消してくれる。 「……」 傷は唇をも貫いているが、そこまでは行かず、ギリギリのところでリオネルは止める。 もどかしいけど、これが俺達の距離だ。口を開くだけで触れ合う唇を、俺は開く事なくただ目を閉じた。 「まだ、恋人じゃないか?」 「…違うよ」 どんな顔を、させているんだろうな。傷付けて、失わせるのに悲しむ顔は見たくない。だから目は開けない。俺は傲慢な悪役だ。 「リオネル」 「うん?」 「リオネルは、性欲を抑えたいのに俺には欲情しないんだな」 「………俺がどれだけ我慢してるかも知らないで」 知ってる。こうして密着してるのに、腰は少し浮いてるもんな。 「そういうノアこそ。本当に俺に興味がないのか全然反応しないじゃないか…」 「…ふ」 「なんで笑う」 俺はどこまでもずるいんだ。怖いから逃げるし、傷付いても逃げる。拒絶もするし、誤魔化しもする。 「俺が作る薬は、全部自分で最初に試すに決まってるじゃん。リオネルに作ってる試薬を毎日飲んでるからな、そりゃ興奮もしないって」 「卑怯な…」 「そうだよ」 ようやく開いた目に映る世界は、ムスッと口を尖らせるリオネルだけ。ずっと、この夢だけを繰り返し見れたらいいのにな。 両手を伸ばして綺麗な顔に手を添えた。 「薬、完成したんだ」 「……嫌だ」 「レシピを置いて行くから、継続して作ってもらったらいい。ここまで世話になったし代金は受け取らないから」 「嫌だ!俺は、ノアの恋人だと…」 こんなに辛そうな顔ばかりしてるのに、それでも俺に恋してるなんて、可哀想なオトコだな。 でも駄目だ。物語の悪役で居続ける事は、俺はしたくないんだ。 「…泣くくらいなら、俺を好きになれノア。俺と恋人になって、俺と一緒に居てくれ」 「っ…」 好きだよ。とっくに好きだよ。リオネルみたいな男、好きにならない方が無理だろ。 でもリオネルは物語の中心に近い人なんだ。あの桃色の髪に釣り合うように作られた存在なんだ。 「愛してるんだ。ノアを探して、山に連れ出されたと聞いて、駆け付けたらノアから血が吹き出して倒れた。想いを伝える前に全てが終わったと絶望して、無我夢中で熊に剣を突き立てた」 薄らと思っていたけど、やっぱりリオネルが助けてた。だって断罪してきた奴らは俺を囮にして逃げたし、普通なら熊に襲われた時に俺は死んでいたんだ。 「命は取り留めたけど、傷が治る前にノアは学校を去っていた。街を探してもどこにも居ない、目撃情報から隣街への馬車に乗って行ったと聞いて追い掛けたが見つからない。俺の絶望は、何度だって訪れた。」 「本当に頑張ったんだな…」 「頑張ったなんて言葉では足りない。俺はずっと、ノアを」 「でも、恋は成就するとは限らない。…リオネル、お前は失恋するんだ」 「……嫌だ…」 大きな身体が縋り付く。この重さが心地良いなんて、薬だけしか見なかったら生涯知る事はなかった。 俺は、抱き着く代わりにポケットに手を入れて、小瓶を取り出した。薄い黄色の、月の色の薬。 「リオネル、俺はこの日々を夢にしたい。この世界で一番幸せな夢だ。…俺の薬を、リオネルにも飲んで欲しいんだ」 「……どうしても、好きになってはくれないのか」 ぽたりと、俺の頬に温かい雨が降る。 「……ならないよ。恋は散るんだ、リオネル。」 乞い焦がれても、世界は悪役を許さない。

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