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第18話 別れと再会

空になった小瓶と、深い眠りについたリオネル。 ローブを羽織った俺は、マスク越しにリオネルの薄い唇へと自分の唇を重ねる。 「……これだけ、許して。それじゃ」 返事は来ないと分かっていても、俺はリオネルに話し掛けた。 ちゃんと物語の日常に戻って、俺なんかを二度と追い掛けるなよ。 いつも俺が先に寝てるから知らなかったけど、リオネルって寝顔まで綺麗じゃん。せっかく綺麗なんだから眉間に皺なんか寄せるなって… 「……自分で決めたんだろ。ちゃんとしろ、俺」 寝てる顔ひとつ、それだけで飽きずに見てられそうだ。俺の方がよっぽど惚れてたんじゃないか? 触れてしまったら歯止めが効かなそうで、もう触れる事すら出来ない。 後ろ髪を引かれる思いで、俺はどうにか足を動かして屋敷を離れた。 睡眠薬は明日の昼くらいまで効いているだろう。 辻馬車の時間を確認しながら、俺は馬車待合所の簡素なソファに腰を下ろした。 朝一の馬車に乗って、なるべく遠く…本当は国を出るのも良いと思ったけど流石に準備不足だ。国境に近い街でしばらく準備をして─── 「……は?なんでお前が生きてるの?」 夜、リオネルに寝かされるようになってから身体のリズムが出来た俺は眠い頭を無理矢理持ち上げて声の聞こえた方向を見た。 桃色の髪の男が、険しい顔で俺を見ている。 「……え」 「上手くいかないと思ったら、断罪が失敗してたなんて!リオネルを探しに来たらとんでもない拾い物したよ」 「なに、なんでここに」 物語の主人公が、と続けようとした口は塞がれた。鼻にツンとくる嫌な匂いがする。布に染み込ませたこの薬は、瞬間的に意識を奪う為にあるものだとすぐに頭が理解して、それ以上を考える思考を奪ってくる。 (ほんと、物騒な世界…) こんな夜に、出歩くもんじゃなかったな こんな短い時間でも悪夢を見る自分が嫌になる。 確かに馬車に乗ろうとは思っていたけど、望んだ形ではなかった。 (麻袋の中って…主人公がやっていいの?) 両手両足は縛られて、更に麻袋に詰め込まれて馬車の荷台だろうか?狭い場所に転がっている。これは身体を痛めそうだ。 思ったよりアブノーマルな物語なんだろうか。 「なんで断罪失敗したんだろ…代役を立てる事が間違ってた?ううん、他は全部上手くいってたし…」 ブツブツと呟く言葉は全て聞き取れる。主人公一人で行動しているのだろうか、ハーレムものなら常に誰かとイベントが起きてそうというのは偏見だったな。 「もう!こんなモブを見逃してたなんて!そもそも僕のサポートキャラじゃないの!?薬は買えても好感度とかちっとも知れなかったし!」 「……」 「まずはコイツをどうにかしなきゃ…もう僕にはリオネルしか居ないんだから」 ダンッダンッと足踏みをする音に心臓がバクバクする。 この主人公、俺と同じ転生者だ。俺とは違ってこの世界を理解してるし、リオネルに執着している。物語は続いていたんだ。 「ルリ、リオネルしか居ないなんてつれない事を言うなよ。俺はずっとルリが好きなのに」 「黙っててよリチャード。リチャードは愛人で、僕はリオネルの正妻になりたいの!どう考えても未来の王妃の方が良いに決まってるでしょ」 「悪い男だな」 「僕は悪くないよ、だって主人公だもん。僕がこの世界で一番正しいんだから」 馬車の中には俺以外に二人。聞き逃したかったけど、リオネルの素性まで分かってしまった。 (高位貴族どころか王子かよアイツ……) 尚の事、俺に構ってる暇なんてなかったじゃん。桃色頭の主人公はルリで、俺を背後から襲ったのがリチャードって奴か。 俺は本当は主人公のサポートキャラで、親密度を教える係?…無理じゃないか?俺は元々他人にそこまで興味無いし。 主人公…ルリはリオネルと結ばれる事を望んでいるが、結ばれる前から愛人が居ることにはモヤモヤする。リオネルはとても一途な男で、相思相愛になればずっと愛してくれるのに。そこに愛人なんて挟む暇はないのに。 (俺は、断罪のやり直しかな…) これまでの人生が延命措置のようなものだったのなら、とうとう寿命が訪れたと言うことだろう。 薬のレシピ、薬屋の店長に届けてくれって全部置いて来て良かった。 リオネルが別の人と幸せになる姿を見るよりも、その前に終わらせてくれるなら ───やっぱり俺は、幸せな夢を見たまま眠れるんだ。 (…好き。好きだ、リオネルが、好きで、恋人になりたくて) ようやく素直になれた。 もう、拒絶は無意味だから。 物語は動いて、俺を裁くようだから。 涙を堪える必要もない。想いを諦める必要もない。ただ真っ直ぐに、乞い、焦がれて。 幸せだったひと月足らずの夢を何度も思い返して、最期の一瞬も幸せでいられるように (好き。愛してるんだ。悪役じゃなくて、この世界に生きるただの薬師を追い掛けて、執着してくれた男が大好きなんだ。) 同乗者はずっと話している。けれど俺の耳には届かない。 (リオネル…) 今は、幸せな夢を見るのに忙しいんだ。

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