20 / 21
第20話 断罪
爪、長いな。この世界にもネイルあったんだ。
熊も、ルリも右利きなのかな。張られた左頬の熱さに、何かがたらりと垂れて耳に伝った。
「醜さしかないモブが…断罪されるだけの軽い命がさぁ、僕の世界を軽く見るなよ」
「………俺は醜いけど、リオネルはそれでも愛してるって言ってたし」
「はぁ!?やっぱりお前が邪魔だからハーレムルートも完成しなかったんじゃん!!」
暴力に慣れていない柔らかい手の平が俺の頬にぶつかる。自分の手も痛いだろうに、怒りで何も見えていないんだ。
俺も…怒りで何も見えなくなったから、薬を飲んでリオネルに暴力を働いた。たまたまリオネルが既に俺を好きだったから許されたけど、あれもまた暴力だ。
(やっぱり俺…断罪されるべきだった)
リオネルも、俺が居なければこんなに苦しまなかったかもしれない。
多くの人を一度に愛する事は理解できない。でも理解できないからと言って、否定する事じゃない。
ルリの選択は物語全体の選択で、皆が納得してるなら俺が口出す事じゃない。
「ハーレムはもう壊された!ならリオネルだけでも僕のものにしないと、ハッピーエンドにならなきゃ僕がこの世界に来た意味ないじゃん!」
「…沢山の愛が、ハッピーエンド?ならリオネルは…」
「惚れる。…リオネルは、僕に惚れる!だって世界がそう決まってるんだから!」
いいなルリは、素直に愛を受け取れて。主人公だから断罪もされなくて。
「…どんな物語なの、これ」
「あは…キミは僕が言ってる事を信じてくれるんだ。サポートキャラだもんね、僕を助けるのが役割だから僕の味方につくのは当然かぁ」
もう、あちこち痛い。最初に断罪された時も全身痛かったけど…ショックの方が大きくて、独りになりたくて、必死だったから痛がる余裕もなかったな。
うっとりと笑うルリはやっぱり綺麗で、きっと、純粋なんだ。物語の世界を信じているんだ。自分の為だけに存在してるんだって。
「ここ、僕が前世でやってたゲームの中なんだ。平民出身の僕が主人公で、貴族が沢山居る学校に入学してゲームスタート。それぞれ力を持つカッコ良い男達が自分達の価値観を壊してくる主人公に惹かれて、惚れて、愛し合うの。」
「…価値観を、壊す?」
「みんな高位貴族だったりで色んなしがらみを抱えて生きてるから、それを僕が癒してあげるの。それは言葉だったり、僕の生き方だったり、僕の身体で皆が癒されるんだ」
本当に、薬を使ったプレイは極上だったよと続けられて俺は吐き気を催した。薬を作ってこそいるが、売ったその先までは興味無いんだ。
「…待て、その薬で酷い目に遭ったから俺は断罪されたんじゃ…」
「もう、鈍いなぁ。サポートキャラのくせに薬しかくれないキミを断罪するにはそれしかないじゃん。……本当に、手放すのは惜しいくらい最高の体験だったけど。あの薬はもう持ってないの?」
「ッ…やめろ!催淫剤は持ってない!」
剥ぎ取られたローブを漁られる。金は道中の銀行で下ろそうと思ってたから大して持ってないし、服も何もかもリオネルが揃えた物だから持ち物なんてメモとペンくらいしか持って来てない。
「……黒い薬って、毒だよねぇ。なんでこんなの持ち歩いてるの?」
「……毒じゃない」
リオネルに飲んでもらった睡眠薬の原液だ。この世界で毒と判定されたものは真っ黒に染まる。でもその黒は、完全な毒じゃない。
小瓶に満たされた黒い液体を眺めて、醜悪に笑うルリは主人公とは思えなかった。ゾクリと鳥肌が立つ。
「ねぇ、誰を殺そうとしたの?キミを断罪した僕達かな?」
「誰も殺そうなんて思ってない」
「ううん、キミは僕を殺そうとしたんだよ」
遠くから人の声と足音が聴こえてくる。二人…三人…いや、もっとか
「ありがとうノアールくん、これで無事に断罪出来るよ」
「……最初の断罪も、結局でっち上げだったんだ」
「仕方ないじゃん。リオネルは研究室の近くをうろついてばかりで、イベントの場所に全然来なかったんだから」
力を入れたところで、手の拘束は解けない。詰んだ、ってやつだな。
リオネルを手に入れたくて、俺を排除したのか。そこまでしてハーレムじゃないといけなかったのか
「…俺、お前が嫌いかも」
「……ひどいなぁ、僕はみんなから愛される主人公なのに。───みんな!コレ見て!」
ルリがぱっと切り替えて転がる俺を置いて走り去った。始まるんだなと他人事のように考えて、目を閉じる。
良かった。俺の薬で傷付いた人は、居なかったんだ。
最初の断罪で、熊と対峙したリオネルは怪我をしなかっただろうか。王子様なのになんて危険な事をしてるんだか
というか、王族の名前くらい覚えてろよ、俺…
騒がしい話し声とか、どうでもいい。俺がこれからどうやって死ぬかとか、物語の結末とか、何もかもがどうでもいい。
ただ、これが本当に最期なら。
…優しい大きな手に、この傷痕を撫でてほしい。
ほとんど見えない左目は、全てを暴く青色を思い出していた。
ともだちにシェアしよう!

