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第21話 助けて
前世の記憶を自覚したのは、物心がつくかつかないかの曖昧な時期だった。
「とー、しゃ」
「ノアくん!いま父様って言った!?」
「言ったよな…ノア、父様だ。とーさま」
「とーしゃ」
「やっぱり…!凄いねノアくん!父様って呼べたね!」
二人の父様に褒められて、あれ?と違和感が顔を出した。
「かーしゃ?」
「違うよノア、とーさま。とーさまって言ってごらん」
「とーしゃ…かーしゃ?」
なんで父様が二人いるの?母様は?
「うーん、ノアくんは何を伝えたいのかな?父様達にはわからないな…」
「とーしゃ、かーしゃ……ふぇ」
俺を産んだ人は居ないのかと、小さな身体に相応しくない思考が浮かんで…よく分からない悲しみに支配された小さな俺は大泣きした。
俺を産んだ人は目の前に居たと知るまでに数年かかった。
「父様!俺、薬師になりたいっ!」
「またノアくんは新しいものを見つけてきたね?」
「好奇心が旺盛なのは良い事だ」
「もう、少しは厳しくしなよ。ノアくんに甘過ぎるんじゃない?」
「…父様、だめ?」
「うっ……」
男しか存在しない世界だと知った時は、それはもう驚いた。
でも俺は二人の父様に愛されてたし、前世の価値観が受け入れない部分はあったけど、それでもいいやって思うくらいには恵まれた子供だった。
「父様、俺の名前なんでノアールなの?髪が黒いから?」
「それはね…子供が産まれたら教会で名前を授かる決まりがあるんだよ。名前は神様からのプレゼントなんだ」
「でも俺達はノアと呼んでいる。昔話で世界に平和と救いをもたらしたノアという人物が居てな…」
「俺、薬師になって沢山の人を救う!」
「そうきたかぁ…これはもう反対出来ないね」
貴族にしては、良好な親子関係を築いてた。
俺は父様達が大好きで、父様達が胸を張って自慢できるような人間になりたかった。
断罪されるような人間になった覚えはない。それなのに、物語が俺を殺しにくる。俺を悪役に仕立て上げる。
向かい合うのを拒絶して、閉じて真っ暗になった視界には何も見えない。じわじわと迫る死の恐怖が増幅するばかりでも、俺は目を開ける気にはならない。
だってそこには、リオネルが居ないから。
後ろ手に縛られた腕がグッと引っ張られて、ついに断罪が始まるのかと緊張する身体が震え出す。怖い。死にたくない。
「……こんな時さえ、ノアは助けを求めないのか」
「ッ──リオネル!?」
ハッと目を開けたら遠くでルリと、他にも何人かが騎士に取り押さえられていた。俺は大きな腕に抱き起こされる。
──太陽は今、真上にある。睡眠薬の効果が切れた頃だ。
「なんで?薬、飲んでたのに」
「目の前で堂々と製薬されてしまってはな。集中すると周りが一切見えなくなるノアに悟られずに薬をすり替えるのは簡単だった」
縄を切るぞ、とナイフを扱うのは、間違いなく俺が乞い焦がれた人で。
自由になった手足は長く血流を滞らせたせいで痺れて力が入らない。俺はただただ、リオネルに身体を委ねるしかない。
「俺が準備をしている間にこんなに傷を増やして……人一倍怖がりなくせに、どうして助けを呼ばないんだ」
「……だって俺はひとりで、助けは無駄で………誰かに縋ったら、もう二度と一人で立てなくなってしまう」
頬に増えた引っかき傷に触れられた痛みがトリガーになって、俺の目から堰を切ったように涙が零れ落ちた。
ぼたぼたと流れる涙が傷に沁みて痛い。心が、痛い。
「なんで、来たんだよ…失恋したじゃん」
「俺が何度フラれていると思ってるんだ。一度の失恋くらいで諦めると思うか?」
「ッ…………たすけて、リオネル。俺を、助けて」
ひくりと喉が痙攣して話しにくい。リオネルがいると、俺は弱くなってしまう。
子供みたいにしゃくりあげる俺を、リオネルは強い力で抱き締めた。
「おれ、生きたい、だけなのに…!運命がっ、俺を逃がしてくれない!」
「…死なせない。ノアは死なない」
「っ…たすけて、リオネル、俺、ずっとこわい!」
「ノア」
縛られた手首が痛い。でもリオネルに縋り付かなきゃもう耐えられない。怖いんだ。運命が、怖いんだ。
「…ノアの運命は、俺だ。俺だけがノアの運命だ。それ以外は違う。ノアを貶めようとする悪役は、運命じゃない。」
「うぅ…だって、俺また、断罪…」
また、知らない罪を背負わされようとしてる。そう訴えようとしたらリオネルが黄色の小瓶を取り出した。月の色の、薬。全部を夢にしてと願った俺が作った薬だと確信があった。
「それ…」
「大丈夫だから、ノア、俺に守らせるんだ」
「……ん」
小瓶の中身を一気にあおったと思えば、リオネルの唇は俺の唇へと重なった。
流し込まれる液体は甘くて、未だに痙攣する俺の喉がヒクリとそれを受け入れた。
「これ、初めての…キス?」
「…いいや。キスはあの日にもした」
「……なんだ、ざん、ねん…」
初めてのキスは、覚えていたかったな…
「───断罪の時間だ。」
この時リオネルが何を言ったか、意識を失った俺にはわからなかった。
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