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第22話 sideリオネル 黒い男

カチャカチャと、ガラス同士のぶつかる音があの男の存在を象徴する音だった。 いつからこんな方針が決まったのか、貴族と平民の垣根を減らそうという意図なのか この国では15歳になると国民は皆、学校に通う。 学力の差、生活レベルの差があるから平民が多く通う学校、平民の中でも裕福な者や貴族が通う学校と最低限の棲み分けは行われていたが。 王族の俺も例外ではなく、後者の学校に通い始めたが入学して早々に疲弊していた。 「リオネル殿下、是非とも私とお知り合いに…」 「すまない、急いでいるから通してくれるか」 王族までもが学校に通う意味はなんだ。教育は子供の頃から受けていたし社交だって城で行われているものに顔を出す事もある。 変な伝統ばかり守って、擦り寄る人々をあしらう日々に疲れていた。 王族ともあれば、無条件に人を傍に置くなんてする訳がないだろう。より慎重にならなければならない立場だ。 俺は王族という立場に誇りを持っていた。だからこそ振る舞いには常に気をつけていた。 ……だというのに。 「リオネル、だよね?よろしくね。僕はルリっていうんだ」 俺の視界で控えめに笑い、桃色の髪を耳に掻き上げる男がやけに魅力的に映っていた。 本能を刺激するような空気を持つ男だ。欲しくて欲しくてたまらない、そんな欲を掻き立てられ、俺は混乱した。 離れてみれば、なんでそんなにと首を傾げる。しかしルリという男が目の前に現れる度、俺の心は掻き乱された。 「………ルリという生徒を、調べてくれ」 回数を重ねる度に心のざわめきは大きくなり、ルリが倒れそうになったところを支えて花のような香りが鼻をついた瞬間、とうとう俺はルリに欲情してしまった。 急いでその場を離れ、護衛に指示を出して数日間は避けたが、やはりルリは俺の行く先々に現れ、接触を重ねていた。 「立ち居振る舞いからして平民だとは思っていたが…これは…」 そうして、ルリを調べた報告書を読み、国の運営に主要な高貴族の子息が揃ってルリと肉体関係にある事を知った。 高位貴族の連中は、俺も幼い頃から関わっていた事もあり学校生活でもよく時間を共にした、友と呼べる間柄だった。 「なんだ、この男は…」 感じたのは不快感。そして、ルリの裏に何か策略があるのかと疑い、調査を続けていた。 「どんな薬も作れる凄い奴が居て…」 自慢気に話すリチャードに話半分で耳を傾けて、相変わらずの日々を過ごしていた。 ルリはすっかり俺の居る高位貴族の集団の真ん中で毎日楽しそうに笑っている。 (……忌々しい) 何故、俺はこの男に欲情してしまうのか。 この男に関わると、国が傾く予感がしているのに本能が抗えない。……この醜い欲求を消し去る方法はないのか 鬱屈した感情を持て余している俺の耳に、カチャカチャとガラスのぶつかる音が入ってきた。 「えーと…リチャード?さん、ご依頼の薬できたよ」 白衣を身に付けた男は確か…伯爵家の子息だったか、変わり者で有名な男だ。 真っ黒な髪に、真っ黒な瞳…そうだ、ノアールという名前だった。大きな吊り目が真っ直ぐにリチャードに向かい、ピンクの小瓶を手渡した。 「用法用量をちゃんと守って。それじゃ」 他には一切目を向けずさっさと去るノアールに、俺はルリとは違う何かを感じていた。やけに気になる小さな背中は、小柄なのに堂々としたものだった。 「……これだけ、許して。それじゃ」 初めてノアからされたキスに、俺は引き止めたい気持ちを必死に抑えた。 何故だ。ノアも、俺が好きだと全身で訴えているのに。 ノアが去った部屋で閉じていた目を開けて、深く溜め息ついた。 一年だ。一年かけてノアをようやく見つけ出した。勿論、逃がす気はない。 また何度でも偶然の再会をして、何度でも想いを伝えると決めている。 「………どうしたらノアの心は俺を受け入れてくれるんだ」 ノアの動きを見て、ノアの望むものを知って、ノアを閉じ込めて大切に……駄目だ。ノアの自由を奪えない。 安心出来る場所を用意する程度では駄目だ。根本から、苦しみを癒さねばノアはいつまでも独りを選んでしまう。 「───殿下、ノア様が何者かに攫われました」 離れた所でノアを見守らせていた騎士が、息を切らして俺を地獄へと叩き落とした。 「なんで?僕は主人公だよ?なんでリオネルは僕を愛さないの!?」 「…やはり学校の在り方を考え直すべきだな。擦り寄って、貴族の殺害を企てる平民という前例が出来た」 「っ違う、ほら!そいつ毒を持ってたんだ!僕を殺そうとしてた証拠…」 ノアの作った睡眠薬の原液を掲げて尚も無実のノアに罪を着せようとするルリは、儚い印象が吹き飛ぶ程に醜悪に笑っている。 「伯爵家の令息を二度も殺そうとした理由はなんだ」 「だって僕は、バッドエンドに…」 いつまでも話の通じない男を牢に入れろと命じて背中を向けた。決して楽に死なせるものか。 言われのない罪で顔にも心にも深い傷を負ったノアは、静かに俺の腕の中で眠っていた。

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