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第28話 怒りとか、憎悪とか
「俺が頼んでる立場だけど……いいのかよ」
「怒ってはいるけど、もう俺に危害は加えないって分かってるし。罪状に口出し出来るの、当事者の俺だけだからな」
塔を後にして、俺はリチャードと並んで歩いていた。
ルリを国外追放より軽く出来ないかと口添えを頼まれたのだ。まぁ被害者の俺が許すって言えば多少なりと結果は変わるはずだ。
行きとは違って歩調を合わせてくれるリチャードには、大変な選択をしたなと思う。
「リチャードは既にルリに惚れてるのに惚れてないフリするの大変そうだ」
「………堂々と言うな。お前ほんといい性格してるな」
「丁度いい薬があるから継続的に売りつけようかなって」
「は?…どういう効果だ」
「性欲減退する薬。精神安定剤みたいなもんだよ」
「なんでそんな薬を既に…いや、お前の事情か…」
「依頼されて開発したんだっての。」
リオネルにはもう要らないけど、リチャードには必要だろう。開発した薬が無駄にならなくてなによりだ。
ここ数日、薬に触れられてないし実家に帰って製薬したい。作る口実まで増えて助かる。
「気になるお値段はー」
「そこは市場調査をしてから交渉を始めよう。侯爵家の財産を根こそぎ奪われたら困る」
「チッ……ははっ、リチャードって思ってたより気の良い奴だな」
「……人を簡単に信じすぎるな。お前は貴族らしさが足りない」
ちゃんと学校生活で他の人と関わってたら、今みたいな会話も出来ていたのだろうか。
俺はこの世界の異質さを、薬を通して抗おうと躍起になっていた。父様達は好きだけど、世界に理解は出来なくて。
マスクはしているけど傷痕に罪悪感を抱いてか話題にも触れてこないリチャードの距離感は心地の良いものだ。
もう少しの間だけ、足の痛みを誤魔化せるかなと顔に出さないように意識して歩いていると不意に両脇から身体が持ち上がってびっくりして身体が縮こまる。
「王城で堂々と浮気か?」
「リオネル殿下──!」
慌てて膝を付くリチャードの頭頂部が見えたと思ったら急激に景色が回って俺はリオネルと向かい合った。
あ、また怖い顔してる。それでも手つきは優しくて、俺を横抱きにして「足が腫れてる…」と心配そうに呟いた。
「リオネルの浮気の定義次第では俺、ついて行けないから破局する」
「…言い過ぎた。社交は大事だが、何故よりによってコイツと歩いていたんだ」
「……ルリに会いに来たって言うから、連れて行ってもらったとこ」
「………」
やっぱり怒ったか。それだけ俺が心配なのは分かるけど、リオネルは絶対に連れて行ってくれないし、そのままだったら俺はこの世界を何も知らないままルリも退場していたし。
リオネルは男だけど、俺も男だ。一方的に守られて喜ぶヒロインじゃない。
このまま喧嘩に発展したらリチャードが可哀想だなと思って「とりあえず部屋に戻ろうよ」と提案したらリオネルも渋々頷いた。
「それじゃリチャード、連絡したい時は伯爵家に」
「…あぁ、すぐに調べて使いを出す。リオネル殿下、失礼致します」
説明をしろとリオネルの顔は訴えているが、まぁまぁと俺はフードを被ってようやく隠せた傷痕にほっと息をついた。
対するリオネルは溜め息をついて歩き出す。どうしてこんなに気持ちがいいのやら。筋肉だらけで硬いのになぁ
でも後から考えたら、横抱きで移動する事に慣れてきてるのは良くないなと反省した。
「痛っ…ごめん、それ痛い」
「無茶ばかりして…状態を見比べる為にこっちも脱がすぞ」
「ん」
俺だけがソファに座って膝まづいたリオネルが医者を待つ間に確認しようと世話を焼く現状だ。
王子様に靴と靴下を脱がせる伯爵子息…いや、リオネルが世話焼きたがりで俺が本に夢中になってる間とかも色々世話されてたけど、王子と知った今、心の中の腰が引けるというか
「……それで。何故アイツと連絡を取る必要がある」
「ルリの罪を少し軽く出来ないか、交渉するんだ」
「何故だ?」
「…罪を犯したのは確かでも、ルリの背景を理解出来るのは俺だけだから。直接的な被害者の俺が重すぎるって判断した」
まるで繊細なものを扱うように俺の足を掴むリオネルが悲しそうに眉を下げている。
俺が傷付くことを、俺以上に悲しむんだな。睡眠不足でクマが出来ているだけでやけに気にされていた事を思い出した。
「……ノアが冤罪でここまで傷を負ったのに重いなんてことあるか」
「そうだなぁ…こうして安全な所にいて、父様達とまた会えて、リオネルがいて…今の救われた気持ちがなければ、冤罪と知った時に死んじまえって思う事もあったかもしれないな」
「…俺は満たされても尚、許せない。ノアの傷付いた過去はなくならない」
露出された足の甲に額を寄せるリオネルに驚いたけど、ふざけるような雰囲気でもない。
静かに痛みに耐えるリオネルに、父様達の涙が重なった。
───あぁそうか、俺の傷でリオネルは傷付いたんだ。
俺の中で隠れて曖昧になっていた憎悪の行き先を、ようやく理解して嫌悪した。
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