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第29話 矛先

ずっと、線を引いていた。この世界と、自分自身の間に。 だって、俺の前世が「ありえない」と言っていた。男と女が居て、新たな生命は産まれるんだと。 父様達は大好きだけど、自分が前世の記憶を所持している事に意味はあるんだと思うと捨てられない価値観が根っこに生えて、それを頼りに偏見と、差別をしていた。 この世界と俺は違う。違うけど、生きている。生き続けなきゃ。俺は違う世界を知る特別な人だから。この記憶が、何かを成す筈だから。 そんな驕りを心の奥底で大事に抱えて生きて、断罪されて、あっさりと俺はこの世界に不要なのだと突き付けられて。 勝手に世界を値踏みして、勝手に世界に裏切られて、失望して、父様達を悲しませて、リオネルを苦しませて。 「………最低だ」 こういう世界なんだと早く受け入れれば良かった。 物語に従って、サポートキャラとしてルリを助けて、誰も死なせたくないルリの話を聞いてやれば良かった。 「ノア?……ノア」 俺はこの世界の人間じゃないから、貴族らしくしようなんて思わなかったし、父様達に友達をつくりなさいと言われても覚えられないからと無視をした。 薬で金を儲けるだけでこの世界がどんな物語の上に成り立っているか、二度目の断罪まで知る事もなかった。 主人公の必死な足掻きを助ける事が出来たのは俺だけなのに。 ───この傷痕は、当然の報いだ。 「リオネル…俺なんか、選んじゃ駄目だ。俺は、駄目だ…」 「…今までと違う拒絶だな」 こんな、自分が悪いって思った時でさえみっともなく涙を流す俺の足からリオネルの手が離れた。 急に寒さを感じる足先に震える間もなく身を乗り出したリオネルに抱き締められた。 この男は本当に俺より俺を理解している。 「俺、全部間違えてたのかもしれない。自分勝手に生きて、父様達を、リオネルを傷付けてたって今更知って」 それだけじゃない。普通に学校生活を送って、皆と関わっていたら 俺なら物語の強制力に苦しむリオネルをもっと早く助けられた。ルリから薬を売るサポートキャラだと言われて気付けよ。薬を売るのは元々決められていた運命だったんだ。 なんて、愚かだったんだ。 自分自身に向いた憎悪が俺の身を焼き尽くさんと身体の中で渦巻いている。 それなのに、心はこんなに寒い。 「……後悔は、過ぎ去らなければ出来ないものだ。俺もずっと後悔している」 「…なにを」 「学校に居る間に、ノアに告白して何度断られても追い掛け続けていたら、きっと怖い思いをさせずに済んだ」 リオネルの身体が離れて、俺との間に冷たい空気が入り込む。リオネルが離れるといちいち凍えそうになる。 自分の醜悪さに向き合って尚、俺はリオネルの温かさを求めてる。 「ノア、初めてのキスを許してくれないだろうか」 「……俺、こんなに悪い奴なのに」 傷のある左目に唇が吸い付いた。 自分への憎悪で焼かれそうになり、後悔で潰れそうになっている俺にリオネルは相変わらず優しい目を向けている。 「俺はずっと、ノアは何も悪くないと言っているが…ノアの中で俺が大切な存在に育ったんだな」 「……」 「情が薄いように見せ掛けて、最初の壁が分厚いだけで一度入り込めば大事にしてしまう。大事にしすぎて相手の過去まで背負おうとしてしまう…というところか」 「……冷静に分析すんな。腹立つ」 医者が遅いな…と呟いて、また顔が近付いてきた。俺の顔を包み込む両手の大きさと温かさに安心してしまうのもまた、悔しい。 「そうか。薬師だから完璧主義な部分もあるのか」 「だから分析するなって、リオッ」 問答無用で重ねられた唇は、薬も何もないのにやけに甘い。 大切にしたいって言ったのに、俺が自己嫌悪でいっぱいになってるタイミングで重なった唇は一瞬離れて、角度を変えてまた重なった。 深まるキスの間も親指が俺の傷痕を撫で付ける。 こんなの、心地良すぎて眠くなってしまうじゃん。 だから俺は、文句を言うのもやめて目を閉じた。 ──こんなに心地良いのに、一番最初のキスはリオネルだけが知っている事に少しだけ嫉妬した。 「絶対安静で、完治してから歩くように。これ以上悪化させると捻挫しやすくなるし治りませんよ」 固定された足首を前に、縮こまった俺は頷くしか出来なかった。 薬師だろうと医者の説教は怖い。痛みを緩和する湿布を用意しようかと提案されて、どうせしばらく出歩けないなら製薬をしたいと断った。 最後の最後まで口酸っぱく注意を受けた俺は今、ソファでぐったりとリオネルに寄りかかっている。 「とりあえず家に帰るか。城じゃ製薬出来ないし」 「……」 家なら製薬環境は整っているが領地を持つ伯爵家なので忙しい父様達に迎えに来てと呼び出すのは気が引けるし、馬車を呼んでもらおうかとリオネルに向き直ったら顎を掴まれて深い深いキスをされた。 「すぐに揃えるから待ってろ」 「……この、執着男」 俺の中の憎悪がリオネルに覆い隠された事を、この時は気付かなかった

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