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第30話 分岐点

俺の悪癖というか、困った所というか、薬に関しては本当に好きで、好きで… 「──ノア。伯爵が面会に来ているが」 「んー」 つい、夢中になって何時間でも作業出来てしまうんだ。 城には薬関係の書籍も多くて、知ってしまえばもう天国のような場所だった。絶対安静の言葉を悪用して夢中で読み漁り、リオネルが揃えた道具で製薬も出来て心が満たされる。 「ノア…」 「ちょっと気になる事があって、計算してるから待って」 同じ材料で配合を変えればもっと効果が上がるかもしれない。配分を変えれば体重に対する薬の摂取量も変わる。 思い付いたことだったり、思考の整理だったり、貰ったノートはぎっしりと書き込まれて俺にしか解読出来ない有様だ。 「──ノア、家に帰ろう」 「わっ!…びっくりした…ヴェイル父様!?いつ来たの?」 「しばらく前から声は掛けていた」 俺はどうやら軽いらしい。ヴェイル父様に後ろから持ち上げられてビックリしていると、少し怒った顔の父様と、その奥に困った顔のリオネルが立っていた。 「…リオネル殿下、こうも甘やかされては困ります。ノアが自分で何も出来なくなってしまうでしょう」 「……すみません。楽しそうなノアの様子を見ていたらつい」 「こら、ノア。薬学禁止にするぞ」 「……ごめんなさい」 二人のやり取りよりもノートに記していた計算が気になっている俺はあっさり見抜かれてしまい、溜め息をついたヴェイル父様に車椅子に座らされて俺がなにか言おうとしても赤い目が細まるのでこれはまずいと冷や汗をかいて口を閉じる。 「ノア、父様達はずっと待っていたんだ。安静が必要なら家でしなさい」 「父様、でも俺、その…」 父親相手に恋人と一緒に居たい、とは恥ずかしくて言えなかった。 問答無用で車椅子を押す父様の後ろから「ノア…」と俺を呼ぶリオネルの声がやけに響いて聞こえた。 「アッシュウェル侯爵家から面会要請が何度も来ているが、本人が居ないからと断り続けている。友達は大事にしなさい」 「アッシュ…?あ、リチャード!!俺の所には何も連絡なかったけど」 「あの王子が止めていたんだろう。あの日に連れ帰るべきだった」 リチャードが連絡してきたと言うことは、ルリの事で進展があった可能性も高い。リオネルは何故俺まで伝えてこなかったのか… 「ノア」 「はい、父様」 「相手も自分も破滅させる恋愛なら止めなさい。私達は貴族だ。…そして、リオネル殿下は王族だ。この一年で地に落ちた評判を取り戻さぬまま部屋に引きこもっている事が既に噂になっている」 ヴェイル父様は元々話し方が淡々としているけど、今日は一段と抑揚がなく、でも悪い事をしたと叱る時の口調のままだ。 「俺…リオネルを破滅させようとしてる?」 「……ノアにその意思がなくとも、周りは既にそう判断している」 ヴェイル父様の黒い髪の毛がさらりと揺らぎ、知らされた事実に俺はぞわりと鳥肌が立った。 俺を捕まえて、俺が好きな物で囲って、大きな身体で俺を包み込んで。 恐ろしい程に居心地の良いリオネルの腕の中は、鳥籠どころか周りが一切見えない豪華な箱の中だ。 俺は、受け取るばかりでリオネルの事を深く知らない。寂しかった気持ちが爆発した反動と、間違えていた過去から逃げるようにリオネルの与える甘い蜜に溺れて喜んでいた。 「俺、なんで…」 「…二人とも、まだ若い。特にノアは初めて人を好きになったのだから浮かれるのも仕方ないと思っていた。…しかし、父様達はノアが悲しむ顔は、もう見たくない」 そっと俺の頭を撫でつける父様の手は、子供の頃はとても大きく感じていたのに今はそこまで大きいと思わない。 でも、父様の存在は子供の頃より大きく感じる。 「…心配かけてごめんなさい。俺、リオネルと少し距離置いて考えてみるよ」 「カエルムもノアに会えないと心配していたから、沢山話をしてあげなさい」 「うん」 馬車に乗って、王城の近くにあるタウンハウスへと向かう。俺は元々そこから学校に通っていて、父様達は本来の家であるブルムリッジ伯爵領で普段は過ごしていた。 リオネルと心が通じあって、なんだか時が止まっていたような気がする。すぐに帰るつもりだったからリチャードにも連絡は家へと伝えていた。 馬車が城から離れ、少しずつ思考にかかった霧が晴れるというか…なんだか頭がスッキリしてくる。 「……あれ?」 「ノア、どうしたんだ?足が痛いか?」 「もうだいぶ治ってきてたから、足はそこまで痛くないんだ。そうじゃなくて…父様、俺が城に泊まって何日経った?」 「五日だが」 そんなに!?俺、本当になんでそんなに引きこもっていたんだろう。リチャードの薬も作らないとだし、ルリの事だって… 「…ルリ!父様、ルリはどうなった!?」 「ノアに冤罪を着せた平民なら牢に入っているが…」 「間に合った…父様!帰ったらすぐにリチャード呼べる?俺が侯爵家に行っても…」 「待ちなさいノア」 慌てる俺を父様が宥める。でもこれは、異常なんだ。

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