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第31話 前進のために
「思ったより非情だと思ったら……いや、非情ではあったか」
「本当に、それに関しては申し訳ないと…」
伯爵家に日参して俺を待っていたリチャードに頭を下げる。俺だってそこまで自分が非情だとは思ってなかった。
「まぁ、時間稼ぎはしている。ノアールはこれを確認してサインをしてくれ。……ルリの今後に関わる事なんだ。頼む」
「それは勿論。勿論なんだけど…リチャード」
「なんだ」
「なんか俺、変じゃない?今までと違う部分があるとか…いや、そんな話してる場合じゃないよな」
手渡された書類に目を通す。俺がルリの処遇の緩和を願い出る内容だ。問題ないなとサインをしていると、リチャードの怪訝な声が頭の上から聞こえてくる。
「変、か……今となって振り返れば、ルリと出会ってから付き合っている間は変だった。常に欲情して頭に霧がかかるような、自分の身体が何かに支配されるようにコントロールが効かず、確かに自分なのに、自分じゃない…」
「…今はそれが無くなったんだ?」
「無い。…ルリが騎士に取り押さえられた瞬間に頭の中の霧が晴れた」
リオネルも話していた物語の強制力か。リチャードも決められた物語だからルリに惚れて、愛していた。でもそれが作りもので…
「…あれ?でも、リチャードは今もルリに惚れてるよな?いだっ!」
「堂々と言うな。…始まりが偽りかどうかは俺にもわからないんだ」
デコピンをされて顔を顰める俺から受け取った書類を見て、「貴族としての振る舞いは出来ないが字は綺麗だな」と余計な一言を添えるリチャードにムッとするが、その表情はなんというか、凪いでいて
思わず見惚れる程に綺麗な顔で微笑んでいた。
「たとえ過去が偽りだろうと、今と、未来のルリが追い掛けるのは俺だけだからな」
用は済んだとばかりにさっさと立ち上がるリチャードに、やっぱり攻略キャラってやつはかっこいいなと同じ男として悔しさを感じる。
そんな俺にリチャードは思い出したように最後に振り返ってこう言った。
「──薬を、出来れば早めに用意してくれ。ルリに感じていた思考を奪う霧のようなものがノアールと顔を合わせた瞬間から僅かだが再発した。
俺はルリに追い掛けられなければならないからな」
俺の部屋から続く小部屋には薬学の為の道具が揃っている。
始めこそ父様達に叱られたけど、これは俺の今後に関わる事だし止めるなら家を出てでも製薬をすると半ば無理矢理認めさせて、俺はひたすら薬を作っていた。
「──ノアくん、入って大丈夫かな」
「カエルム父様!大丈夫、今は瓶詰め作業中だから話も出来るよ」
青色の液体を数滴、瓶に注ぐ。近くの椅子に腰掛けたカエルム父様は普段通りの柔らかな笑顔で俺を見ていた。
「父様、なにかあった?」
「可愛い息子の顔をもっと見ておきたくて。邪魔はしないから続けていいよ」
にこにこしながら楽しそうにこちらを見ている父様はよく分からないけど、通常運転と言えば通常運転だ。
俺も作業を滞らせる訳にはいかないのでしばらくお互い無言で過ごしていた。
「……これくらいあれば、しばらく持つかな」
「終わったのかな?じゃあノアくん、お部屋に戻って一緒にお茶してくれるかな」
「いいけど、やっぱり用があったんだ」
ヴェイル父様は貴族らしく表情に出ないけど意外とわかりやすい人で、カエルム父様はいつも朗らかに笑っているけど…なんというか、掴みどころのない人だ。
まぁ一段落ついたしお茶くらい…と後をついて歩いたら扉の先には居るはずのないリオネルが立っていた。
「………え?」
「それじゃノアくん、殿下と一緒にお茶してね。僕はお仕事があるから」
「父様!」
いつもの笑顔で部屋を出て行ったカエルム父様を追いかけようとしたが即座に近寄ってきたリオネルに捕獲されてそれは叶わなかった。
ここ数日、意図的に会わなかった恋人との再会を喜べない俺は合わせる顔がないというのに。
「……久しぶり?」
「どうして使いを追い返すんだ。学校も復学すると聞いた」
「……友達を作りなさいって父様達に言われたし」
「ノア。……ノア、なぜマスクまでする?」
「薬を調合しないとだし…」
目を合わせなかったら顎を掴まれるし、一歩引こうとしたら腰を掴まれて引き寄せられる。体格差がありすぎて俺の抵抗は無意味だろう。だからまだ、会いたくなかったのに
「どうして逃げるんだノア。どうして…」
「……リオネルとは、キス出来ないから」
「…どうして」
「今はまだ言えない。…なぁ、リオネル。俺のせいで自分の評判どれくらい下げた?」
抱き締められそうなところを腕を入れて拒否を示す。怯んだリオネルの手から逃れた俺は足早に製薬室へと向かった。
「……評判なんて、どうでもいい」
「よくないだろ。俺のせいでリオネルが立太子候補から外されるって聞いたぞ」
追い掛けてくるリオネルは無視して、出来上がったばかりの薄灰色の小瓶を掴んで蓋を開け、喉に流し込む。
「……決めた。別れよう、リオネル」
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